滅びの美学 | 読んだらすぐに忘れる

読んだらすぐに忘れる

とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。

逆らえない運命だと分かっていても、それに抗い激しく燃えて、でも最後には散る。

私のノワールのイメージはそんな感じだが、今年は、そんなノワールの逸品が二冊読めた。

 

 

 

パルプノワール時代のカルト的人気を誇る作家。『炎に消えた名画』なんかを読んでみると凄くインテリな内容でびっくらこかされるが、本書も負けず劣らずびっらりこかされる。

 

世間に背を向け、ダイナーのコックとして安い賃金で働くハリーは、ある夜、酔っ払った女を介抱する。女の名前はヘレン。過去から逃げるように酒に走る二人は、自然と互いに惹かれあい愛を交わすようになる。愛する人を得て再び昔の真っ当な生活に戻ろうとするハリーは、かつて画業に携わっていた経験を活かし、ヘレンのモデルに絵を描くことで今の怠惰な生活に区切りをつけようとする。

周りの人もそんな二人に親切に接するのだが、しかし、ヘレンはアルコール中毒から抜けきれない。事態は一向に良くならず、生活は苦しく、幸せだった二人の生活は早くも暗雲が立ち込める。

やがて、二人は心中を決意。ハリーはヘレンの首を絞めガス自殺を図るが、命を取り留め警察に捕まる。

 

どこまでも悪い方向へどんどん転がっていくどん底小説だ。ハリーには、幸せになれる要素や転機があるが、それを選ぶことができない。実に残酷なはなしだ。自分で起こした行動に死刑を望むも、運命の悪戯でそれさえかなわない。責任に縛られるのが、嫌で全てを一度捨てた男が、逆に自由というものに不快を感じる皮肉な展開になる。

なにもかもがリセットされ、愛する人も失い、死ぬこともかなわなかった男は雨のなか一人、孤独に旅立つのだが、強烈な「最後の一撃」が待ち構えている。

 

男女の破滅型恋愛話であり、絵画の話、画家が主人公である点、そして、この仕掛け。まるで連城三紀彦読んでいるみたいな感覚に陥った。

 

このラスト二行はかなり有名で、翻訳される前からミステリマガジンで紹介されていた。(一つは若島正さんのエッセイ。もう一つはノワール全集を作ろうみたいな企画のなかで)面白そうだから是非とも読みたいなと思っていたので今回の翻訳はかなり嬉しかった。(扶桑社さん有難う!)

もちろんネタはわってはいないが、なんとなく紹介内容から「ああ、ひょっとしてハリーは○○なのかな」と途中で気がついた。気がついてみるとウィルフォードはかなり伏線を作中にいろいろ敷いている。労働者たちのあざけりの台詞やマンションの住人の失礼な発言なんかはかなり直接的だ。巨大なピアノの夢もハリーとヘレンのことを見事にイメージ化している。ウィルフォードは、他のパルプノワール作家とはやはりちょっと違ったセンスの持ち主だったようだ。

 

 

もう一つは、最近よく訳される北欧系作家の代表格ジョー・ネスボの逸品。レオナルド・ディカプリオ映画化ってホントかいな。

 

 

これは作品のなりたちから面白い。

もともとは、売れないパルプノワール作家トム・ヨハンセンが70年代に『その雪と血を』と“Midnight Sun”という二つを書いたという体で発表し、そのヨハンセンが主人公となって誘拐事件に巻き込まれるスリラー“The Kidnapping”をネスボ名義で書くという仕掛けだったらしい。(結局、ややこしいのですべて、ネスボ名義になった)

 

裏の世界で悪いことするには不器用でポン引きをするにも女性に優しすぎて向かないオーラブ・ヨハンセンが唯一、得意とすることは「始末」すること。

麻薬売人のボスの命令で次々と単純な殺しをしてきたオーラブが今回、依頼されたのは売人の妻を殺すこと。しかし、女に優しいオーラブはこのターゲットに恋をしてしまうことに。

夫の留守を利用して若妻が、男を連れ込み激しくファックする所を観察したオーラブは、まずは浮気を相手の男を殺すことを決め、実行する。しかし、それはボスの血のつながった息子だったから、さあ大変。

本来のターゲットと手を取り合って逃げ出し、ついにはボスを抹殺するために敵対組織に計画の売り込みをはかる。はたして、恋する二人の運命は? と言ってももう分かりきった事だけど、事態はぐるぐる回って地獄に落ちていく。

 

ジム・トンプソンの主人公たちが、自分の都合のよい物語を語るように、オーラブも自分の都合のよい物語で終盤〆にかかる。しかし、オーラブには自覚がある。悲しい程に自分を自覚しているから、読んでいるこちらも辛くなる。しかし、ネスボはトンプソンと違って最後に三人称で「物語」をきっちり閉じてくれる。決してオーラブの独りよがりな妄想ではなかった事がすこし救いになる。

 

 

それにしても「ディスクレシア」なんてあまり聞かない病気を扱ったミステリを一年で二回も読むなんて……。

そのもう一つはスティーヴン・ハンター『我が名は切り裂きジャック』なのだが、これはこれで服部まゆみ『一八八八切り裂きジャック』と並べて感想を書きたいのでまた次回。