- 死者との誓い (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)/二見書房

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《倒錯三部作》の先にあるのは『死者との誓い』『死者の長い列』『処刑宣告』。
中年スカダーにヴァイオレンスはキツイのか、この三作に関しては比較的おとなしい犯罪を扱うことになる。『皆殺し』以降はまた強烈な悪意が降りかかるようだが、それはまた別途。
『死者との誓い』はハードボイルド、私立探偵小説といったジャンル小説ではあるものの、それだけで説明しにくい魅力がある。ローレンス・ブロックの持ち味が活かされた「小説」というべきか。マンハッタンで生きる人々の生活の喜怒哀楽、理不尽な死とそれに対する人々の対応をマット・スカダーという目を通して描かれる小説と言ってしまった方がいいような……。そういう感じです。
エレインが参加する夜間講座を通じて、スカダーはホルツマン夫妻と知り合う。四人で食事して楽しむのだが、どうにも夫のグレンが好きになれないスカダー。もう、夫妻と会うことも、考えることもないと思われたが、グレンが治安の悪いヘルズ・キッチンの路上で銃撃され殺されることで、探偵として深くかかわることになる。
事件は凶器の銃を手にしていたベトナム帰還兵のホームレスの即時逮捕で解決されたが、その弟は兄の犯行とは思えず、AA集会で知ったスカダーに事件の再調査を依頼。時間と金の無駄になると依頼人に諭すのだが、最終的には引き受ける。調べるうちにホルツマンは、妻にも周りにも隠している裏の顔があり、誰かに狙われた可能性があることを突き止める。
初期の頃ならば、ここでホルツマンを狙った犯人探し中心に物語が進むのだろうが、このメインの事件はあっけない解決を迎える。(とはいうものの筋の運びは、ベテラン作家ですから手が込んでいる。動機のある事件と思わせ、実は「八百万の死にざま」のひとつだったひっくり返す)
一方で事件と無関係なサブプロット。スカダーの昔の恋人ジャン・キーンの死とそれに動揺するスカダーのエピソードがメインを押しのけるほど読ませる内容になっている。
末期の膵臓癌に冒され余命幾ばくもないキーンは、薬やアルコールに頼らず苦痛のないまま人生を全うするには、銃しかないとスカダーにすがる。キーン病気と自死計画に動揺するスカダー。エレインとの会話もぎくしゃくした感じになる。
ブロックが、スカダーの年齢を自分と合わせるように意識し始めるのが『死者の長い列』からのようだが、実は『死者との誓い』からもう漠然と意識しはじめていたのではないかなと思う。
というのも今回のスカダーは「中年の危機」を迎える。
スカダーは告白する。形あるもの、愛する人は必ず壊れる、死ぬという将来に対する不安。悲惨な終焉が、すべて自分の過ちによって生まれるという思い。それが判明することの恐怖をキーンの死が思い起こさせると。
そういったもやもやした心情が、お腹の子どもと愛する夫を失ったばかりの未亡人リサ・ホルツマンとの浮気という形で花開いてしまう。(ミック流に言えば「男は何かせずにはいられないってことさ。それがたとえクソみたいなことでもな」ということです)
P302からの二人のやりとりは、心温まるものがあるが、背徳感もあって読んでいてえも言われぬ気分なる。この関係は『皆殺し』まで続くらしいから、なんとも……。
愛する者の死を受け入れられず現実逃避に走る探偵。容疑が晴らされる前に死んだ兄について悔しさと、後ろめたさを感じる弟。おのれの死よりも生き続ける元恋人の幸せを願う死にかけの芸術家。自分にもしもの事があった時に探偵を頼れと伝言を残す夫。など「死」を境に生者と死者の思いが、静かに力強く描かれており、読み終わった時の充実感というか、満足感というか、《倒錯三部作》や初期作にはなかった読後感があった。ブロックって凄い作家だったんですな。いまさらですが……。