- ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)/ジョン ル・カレ
- ¥1,155
- Amazon.co.jp
- ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)/ジョン・ル・カレ
- ¥714
- Amazon.co.jp
21世紀にもかかわらず映画化! 驚きました。そしてジョージ・スマイリーがゲイリー・オールドマンというのは……。ちょっとカッコよすぎやしないかい?
でも、この人は昔からカメレオン俳優と呼ばれている人だから、ある意味、適役かもしれない。
しかし映画化で何が良かったかというと村上訳による新訳が登場した事。(春樹ではないけどこれは事件です)これで三部作がすべて村上博基訳にあいなった。英語は読めないし、翻訳に関して意見をもっている訳ではないけれど菊池光訳は『羊たちの沈黙』とならんでミスマッチだったと思っている。
しかし、表紙はやっぱり辰巳四郎さんのものに限る。二人のスパイマスターを象徴するライターとキャメルがどんと置かれている、ただそれだけなのにカッコいい。この二つの品物は『スマイリーと仲間たち』でもカーラが敗北し西側に亡命する時にも重要な役割を果たすのだから、表紙を飾るにはうってつけだったんだけどね。
スマイリー三部作というのは英国情報部、通称「サーカス」の歴史の中の一幕である。だから、本当なら「サーカス・クロニクル」の一部というべきかもしれない。スマイリー三部作以前の時代は「管理官(コントロール)」執政時代であり『寒い国から帰ってきたスパイ』『鏡の国の戦争』では、彼の非情な諜報戦術により命を落とす工作員たちの悲しい姿が描かれ、スマイリーは単に悲劇に立ち会うだけの存在であった。
スマイリー三部作は、スマイリーとカーラの二人のスパイマスターの対決を軸に、沈みゆく大英帝国のスパイたちの意地と冷戦下の諜報戦に消耗されていく人たちの悲哀が描かれる。
英国諜報部を不本意な形で引退したジョージ・スマイリーは雨の夜、かつての同僚であるピーター・ギラムとオリバー・レイコンに呼び出される。香港に滞在していたモスクワセンターの女性が、サーカスの工作員に接触。離脱と引き換えにサーカスに二重スパイ=もぐらがいることを打ち明ける。もぐらの「ジェラルド」は何十年もサーカスに潜み、今や組織の六階に君臨する上級職員の一人であるという。スマイリーはかつての古巣にも、敵であるモスクワセンターにも悟られぬよう、記録と記憶を遡り容疑者を洗いあげていく。現在の物語だと思っていたら、スマイリーの追憶になったり、過去のエピソードになったりと物語があっちこっちへ飛ぶ。注意していないと置いてけぼりにされてしまう。
初読時、スマイリーよりもジム・プリドーの印象がつよかった。
かつての友人であり、同僚であり、もしかしたら恋人であったかもしれない人物から裏切られ心身ともに一生残る傷を負わされたプリドーが、何を考え裏切り者の首をへし折ったのか、そして同じファーストネームを持つ新しい友人を紹介するとき「わたし二人は同じ頃に新入りでここへきたのです」と説明する言葉にどんな思いが込められていたか、想像すると胸にぐっとくる。
今回新しく付された1991年の序文を読むと最初はプリドーを主人公にした物語を予定していたようなのであながち間違った印象ではなかったことを知る。
今回再読して当時気づいていなかったことがあった。
リッキー・ターが接触したイリーナが情緒不安定なアル中女のイメージであったが、彼女の日記でター本人の事を知った上で告白したことに気づく。告白することで形はどうあれ「自由」になれると信じた聡明で可哀そうな女性だったんですね。
ターが匿われていた家のブリムリー夫人は『高貴なる殺人』にでてくるブリムリー夫人だと全然気がつかなかった。サーカスからは離れているが、諜報世界のことを知っていて頼りになる人物のもとへ預けていたんだな。訳者あとがきによるとSmiley’s Circusなる本がありシリーズのデータがずらりと書いてあるらしい。便利そうだなぁ。そういうの読めば最初から気づいていたんだろうな。(マイクル・コナリーとかで作ったら売れそうだよね)
誰もが二重スパイはあの人だと分かっているのに放置される状況が今回の再読でようやく理解できた。(初読の時、後半はもう読み飛ばしていたんだな……)「ウィッチクラフト」の名のもとにそれがまかり通るシステムをカーラが作りあげたことがミステリとしての肝だろう。
アメリカの台頭、情報収集においてサーカスの存在意義が薄れてしまった時、組織の結束が弱くなる。カーラはその隙を突き、もぐらを使い各人がもつ不安、コンプレックス、虚栄心にうまく取り入り、「ウィッチクラフト情報」と呼ばれる毒まんじゅうを食べさせることでサーカスを抜き差しならない状態にしてしまう。事態を一番重く考えたコントロールは、密かにもぐらのあぶりだしかかるが、カーラによって偽装されたテスティファイ作戦によって足元を掬われてしまう。サーカスの古い血をすべて追い出し、五階で甘んじていた実力者たちが六階に君臨するようになるが、それが一層組織を腐敗へ向かわせることになる。普通、組織の立て直しのために粉骨砕身するのは新しい血なのだが、この物語では一度捨てられた古い血が粉骨砕身するドラマだ。スマイリーの外見、語り口はずんぐりむっくりの冴えない年寄りだが、彼の内面のエネルギーは凄いし結構アクティブ。そのギャップがまた面白い。『スクール・ボーイ閣下』ではチーフなのに香港に出向いたり、『スマイリーと仲間たち』ではヨーロッパを巡る。
訳者あとがきによるとハヤカワはこのあと以下のニ作を新版で出すみたいだ。
正直なところ大半忘れているので読みなす良い機会かなと思う。特に三部作とおして不気味な存在感を放っていたカーラにも親心があるのかと思うと少し拍子抜けだった記憶がある『スマイリーと仲間たち』をじっくり読みなおしたい。が、その前に片づけないといけない作品がある。
1991年の序文でル・カレは『ティンカー、テイラー』のモチーフになったキム・フィルビーとデイヴィッド・コーンウェルが、実は似た者同士だと告白している。『パーフェクト・スパイ』に挑戦し、三回挫折している自分としては、非常に興味深い内容だったので今度こそ読めそうな気がしてきた。