はたと気づいたら12月である。
この前、主治医の紹介状を持って大学病院の眼科に緑内障手術後の検査に行ったのって…8月だ。
特に違和感ないからまあいいや、と思って放っておいたんだけど年内に1回くらいは行かなきゃマズイよなぁ…
一応点眼薬を点眼してることになっているからなぁ…(←自分の身体は自分にしか守れないのだけれど、いろいろめんどうくさくなって点眼を放棄した。当然視野欠損が発生)
主治医に連絡すらしなかったからなあ…行ったら怒られるんだろうなあ…(普通は怒る気がする)
もう11月が終わる。
去年の今ごろ、父はずっと明らかに風邪ではない咳をしていた。きっと勤務先でもそうだったのではないかと思う。日毎にそれはひどくなっていて、夜中も咳で眠れていなかったようだった。
上の部屋で寝ている私も、その咳でしばしば目覚めて朝まで眠れないこともあった。

1度重度の間質性肺炎で入院していた。禁煙しなければいけないのだが、できなかった。
肝炎、肝硬変などもあった。断酒しなければいけないのだが、できなかった。
意志が弱かった。それは確かだ。
しかしこの頃の父は、今までからは考えられないことをしていた。

採用していただいた際の会長や社長・専務からは、信用していただき仕事を任されていた。
ところが数年前に代替わりして、自分の娘より年下の社長が就任した。
社長は父の旧態依然の業務のやり方を否定し、効率化することを求めた。父の業務を洗い出し、他の社員にふっていく段取りで 動いていたらしい。
父には信じられないほど大人げないところがあり、いつか社長と喧嘩して辞めて帰って来るかもしれないと、母も私も妹も覚悟はしていた。

それでも、年末に向けてやらなくてはいけないことが多かったのか1度も休まず、おかしな咳は継続し、挙げ句肩で浅い呼吸しかできていないという状態になっても仕事には出かけた。帰宅途中にでも呼吸器科を受診するように私も母も口を酸っぱくして言うのだが、そちらには行かなかった。

会社に行っても居心地はきっと悪かっただろう。
それでも休まず、サボらず通勤したのだ。
この当たり前すぎることが今までできなかった人なのだ。
こんなしんどい時期になっても出かけて行く姿に、初めて父の社会人としての責任を見た。

しかし…

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

昼休みにスマホのニュースで知った勝谷誠彦氏の訃報。

本当に驚いた。

みぞおちに何かずしんと落とされたような感じがした。

 

西原理恵子さんの「鳥頭紀行」では「ホモ」キャラとして下ネタ絡みで描かれていた「かっちゃん」。

でも、私にとっては1989年に発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害少年の実名を報道した方である。

 

「野獣に人権はない」

 

これが勝谷氏の持論だった。

当時は人権派弁護士からお茶の間に至るまで議論が巻き起こったように記憶している。

結局数年後、出所した元加害少年の数人は犯罪に手を染めた。

正直、やっぱりな…と思った。こいつらは鬼畜だよ。勝谷さんにはわかっていたのだろう。

 

県知事選挙で演説に来られた時、笑顔で握手して下さった。

国政選挙ではなく県知事選挙に出馬と聞いた時には違和感もあったが、勝谷氏はこの県を愛しておられたのだと感じた。

 

お決まり過ぎる言葉ですが…

心からご冥福をお祈り致します。たかじんさんと呑んでそうだけど…

 

私、いてもいいんでしょうか?

家にいても、妹夫婦に会っても、職場にいても常に思うこと。

承認されなかったらどうしたらいいんだろう。
どう退けばいいんだろう。

「いたいようにいればええねん」と言われてもさ、「いたい」ってどういうことなのかよくわからなくて。もう周りをキョロキョロ、キョロキョロして挙動不審爆裂。

常に自分が失言しないか、今以上に変なことをやらかさないか、そんなことで頭がいっぱいになってパニックになる。



過去のことは過ぎたこと。
悔やんでも時間が戻るわけではないし、今さらどうしようもない。こだわってみたって仕方がない。
それなら、前を向いて生きていく方がいい。

確かに、そうだけど。

過去を振り返らないと問題点っていうか、どこが悪くてこういう結果になったのかがわからない。
そこを直さないときちんと前に歩けないよ。

みんな、どうしているんだろう?



風呂のお湯をはる前に、一度掃除はしていてもシャワーでざっと湯船を流してからはるようにしている。
昨晩はきれいにしきれていなかったようで、「ちゃんと流してっていってるやん」と母から言われた。
「わかった、ごめん。気をつけるわ」と答えたのだが、「ちゃんと見てしてるん?ろくに見てへんのちゃうん?」と返された。

それが緑内障で視野欠損持ちの人間に言う言葉か。

どうやら母もその事に気づいたようだったが、結局何も言わずじまい。

こういうしょうもないことで疲れてしまうんよな。
しんどい、疲れる。
眠りたいのに眠れず、睡眠薬でボーッとした状態で階下へ行き、冷蔵庫や押し入れをのぞきとにかく食べる。
起きたら頭の回りにインスタントラーメンのスープの粉末、かじりかけの麺(当然ゆでてない)が散らばっていて情けないやら悔しいやら…
どうすればいいのだ。
なんでわたしだけこんなしんどいおもいをせなあかんの?
なんでわたしだけまわりからういてしまうの?
なんでわたしだけいうことやすることがへんっていわれるの?
なんでわたしだけまわりからとりのこされてしまうの?

なんで?

皆さんが生きていくときの指針は何ですか?

友だちや同僚に聞いてみたら、「根拠のない自信かな」「自分が信じることかな」とのお答え。

 

「根拠のない自信」「自分が信じること」なんてないんですよね。

基本的には、周囲に合わせてきたかなと思います。それでも、

浮いてしまうんですけど。

 

好きなもの、好きなことがないわけではないんです。

周囲に合わせようとしていても、変な「我」が出てくるような気がすることもあります。

 

でも周囲に合わせて帰宅したらもう疲れ果てて全てがどうでもよくなります。

掃除も面倒、入浴も面倒。

まだ勤め先があるから入浴はしますけど、基準が「周囲」でなく

「自分」になるとどれだけ堕ちるんだろうと思います。、

 

 

昨日、父が集めていた阪神淡路大震災関係の写真集や新聞記事を少し整理した。
本当に当時のものと、父が「1.17のつどい」でボランティアをしているところを取材していただいたものだ。

今朝も5時半頃に目を覚まし、自分のお弁当をつめていると何だか背中がぞわぞわした。
そのぞわぞわは通勤電車に乗り込むまで続いた。

帰宅する途中に、ぞわぞわは震災で亡くなった祖母が何か伝えに来た合図だ、という考えが急に浮かんだ。
今日は祖母の誕生日だったのだ。
普段そういうことを感じる人間ではないので、ちょっと不思議な気分。