今年になってあまり食べなくなり、少しずつ弱って来ていた母方の祖母。

もう何年も、おじ(母の長兄)が訪問看護や介護の方たちのお世話になりながら在宅で介護してくれている。


 2月にはかかりつけ医から「会わせたい人がいるなら声をかけておいて下さい」と言われるくらいまで状態が悪くなった。しばらくして何とか持ち直してくれたけれど、仕事が終わってから寄れそうなときは寄らせてもらうようにして祖母の様子を見ておくようにした。

 

昨日(4/5(金))の昼、母が行ったときには意識も朦朧としていて、熱が38℃以上あったらしい。呼吸も15秒ほど止まっているときがある...と知らせてくれたので、退勤後におじ宅に向かった。

 

そっと部屋をのぞくと確かに痩せて小さくなっていて、浅い呼吸をしていた。反応させるのもしんどいだろうと声をかけずにダイニングに行った。昼までの厳しい状況をおじとおばが話してくれた。

 

19時になり、習慣なのでとりあえず…とおじがゼリーと小さく切ったバナナ、お茶を持ち祖母の部屋に向かった。

壁と祖母の間に掛け布団を入れて背もたれを作るが、もう祖母には座る力がない。私は祖母の横に座り、右手で腰を固定させて、背中を抱き抱えるようにして何とか座らせた。

お茶を一口飲んだ祖母の口元をタオルでさっと拭い、下唇をつつくと口をそっと開けてくれた。おじがゼリーをスプーンで入れると、しっかり飲み込んだ。また口元を拭い、下唇をつつき、「あーん」と声をかけるとゼリーを食べ、お茶を飲んでくれた。

昼は何も口にしなかったそうなので、おじもおばも驚いていた。

帰宅後その話をすると、母も「えっ、食べたん?信じられへん」と驚いた。

 

4月6日(土)。

朝7時過ぎにおじから電話があり、夜中の3時半ごろに祖母の様子を見に行ったら眠っていたが、7時ごろに朝ご飯を持って行ったら冷たくなっていた...とのことだった。

101歳。大往生と言っていいだろう。

急いで駆けつけたおじの家。

祖母は本当に優しい穏やかな顔をしていた。

苦しまず、痛がることなくあちらへ旅立ったことを願うばかりだった。

死亡診断書の死没地はおじ宅の住所、死因は老衰。

ある意味、こんな幸せな亡くなり方はないかもしれない。

そしてその祖母の人生最後の食事の場にいられた私は、本当に運が良かったのだと思う。

 

おばあちゃん。101年間、お疲れ様でした。そして、本当に本当にありがとう。

あなたの子ども4人、孫9人、ひ孫4人。みんな、おばあちゃんの血が流れていることを誇りに思っているからね。ありがとう。


中学校の入学式前日、岡田有希子さんの飛び降り自殺というショッキングなニュースをワイドショーで見ていた。マネージャーさんが毛布を持ってきてかぶせただけの遺体がブラウン管に映し出されていた。

それから10数年が経過し、結婚を前提につき合っていた彼氏が飛び降り自殺した。亡くなる数年前に精神疾患に罹患していたが、それとは全く関係なく自殺願望というか、「自分の人生を終える時は自殺で終える」という考え方が私との大きな共通点だった。

ある程度の高さから飛び降りる、というやり方はそんなに失敗が少ないと言うとおかしいが、致死率が高い方法のように思える。
例えば手首を切ったとしても、失血死に至る可能性は少ないらしい。
岡田有希子さんは午前中に自宅で手首を切り、ガス栓をひねっていたという。病院で縫合してもらい、事務所に戻り…一瞬の隙をついて屋上から飛び降りた。
可愛かずみさんも午前中に果物ナイフで手首を4ヶ所切りつけ…ご家族・婚約者と食事を終え、周りの人たちを安心させてから「病院に行く」と告げて外出し、身を投げた。

彼も20歳になる前後、何度か手首を切っていた。病院に行くほどの傷ではなかったので、何度か手当てをしたことがある。私も「切らなければいけない」と強く思い込んだ時期があったが、剃刀や果物ナイフは正直怖くて使えなくて、カッターナイフで切っていた。

彼は高所恐怖症だったが、飛び降り自殺という方法を選んだ。「自殺を決行する日」は昔から決まっていた。
ご両親どちらかの誕生日。
そして、その日に身を投げた。かねてから決めていたその日に確実に死ねる方法を選んだのだと思う。

岡田有希子さんも、可愛かずみさんも、ご自分で決めた目標をクリアするために相当な努力をされたそうだ。
それなのに…という思いと、がんばり過ぎたのかもしれないなあ…という思いとが頭の中で交錯する。

どうしても「その日」じゃないとダメだったのだろう。

それでもなお、私は自殺を否定できない。
遺された人間のひとりに入ると思うが、でも「自殺はダメ」とは言えない。
私も死にたいと思いながら、覚悟が足りずこうして生きてきてしまっている。
それがいいことなのか悪いことなのかもわからない。
確実に死ねる覚悟や方法が自分に備わるのか。
できない代わりに彼を救えなかったことを背負って生きていくしかないのか。







先週上京した時、都内は地下鉄で移動した。
慣れているわけではないけれど、乗り換えれば大抵のところへ行けるのだからやはり便利だなと感じた。

ここ何年かゲリラ豪雨で駅に水が流れ込みそうになっている状態をテレビで見て、そうなった時と地震の時は怖いだろうな…と思っていた。

集まった友人たちと皇居の方へ桜を見に行こうと、営団地下鉄に乗った時。

それまで乗っていた地下鉄の車中では全く感じなかった怖さや息苦しさを感じ、自分の心拍数が上がっていることがはっきりわかった。
私は閉所恐怖症ではないのに…(もしそうなら他の地下鉄に乗った時点で同じ感じがするはず)

車内で路線図を見ていてやっと気づいた。
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした所だと。
高校時代の体育教師の息子が実行犯としてサリンをまいた所。彼は昨年死刑を執行された。

そのことがその時に頭にあったわけではなかった。
後になって思ったのは、いつも通り乗った地下鉄の車内であんな事件が起こるなんて誰が想像しただろう?本当に怖かっただろうな…ということ。

なぜ自分に恐怖心が芽生えたのかはわからなかったけど…
亡くなった方々のご冥福をお祈りし、被害に遭われた方々にほんの少しでも穏やかな風が吹くことを願うことしかできなかった。


何で地元に帰らなきゃならないんだろう…

 

昨日新幹線に乗って可愛かずみさんの曲を聴いていてそう思った。

あまりに奇跡的な、あまりに幸せな時間だった。

その反動が大きすぎるのはわかっていた。

品川、新横浜…降りたくなる衝動を必死でこらえた。

かみしめた下唇から血がにじんでいた。

 

戻りたい。

シフトの勤務交替に応じている間に奇跡のような3連休が転がり込み、東京で学生時代の友人たちが集まるという大きな幸運に恵まれた。
昨日仕事を終えて帰宅し、身支度をして東京へ向かう夜行バスに飛び乗った。

みんな私の20年来の鬱病のことも、その原因も知っている。ずっと精神科に通院していることも。
父が亡くなったことを昨年出した喪中ハガキで知り、精神状態を心配してくれていたらしい。何なんだよ、何でこんないいヤツらばっかなんだよ…

昼ご飯を食べ、桜を見に千鳥ヶ淵方面に行こうとするもあまりの人の多さに断念。とりあえず二重橋だけ見てきた。

そこで皆と別れ、ひとり別行動に。
麻布十番にある光善寺境内の可愛かずみさんのお墓参りに行きたかったからだ。
墓参セットと仏花、セブンスターを買い求めて境内へ。




お彼岸に掃除して下さった方がいるのだろう、こざっぱりしていてきれいになっていた。
いつも大量のお供え物やお花を目印にしていたので、危うく行き過ぎるところだった。


お花を入れさせていただき、ろうそくに火を点け、お線香を上げた。タバコの封を切り、1本取り出す。もっとも私はタバコが吸えないので火は点けなかったが。



最近描いたデッサンの中で、可愛かずみさんを知る人なら思い浮かべてくれそうな笑顔を描いたものを花立の横に供えさせていただいた。かずみさんのデッサンをしている時間が、私を助けてくれていることのお礼のつもりで…


必ずしも前向きになれることばかりではない。
自分が生きることの無意味さを日々考えながらも現実にこうして生きている。

かずみさん、ありがとうございます。

そしてこの奇跡のような3連休にも感謝。
私の職場はシフト制で、カレンダーとはあまり縁がない。
4月が近くなって、急遽「この日と勤務代わってくれない?」と言われる回数が増えてきた。
独り身だし、特に予定がない日は交替していたら3月31日から4月2日まで棚ぼたの3連休になった。これはちとマズイ。上司に相談すると、「たまにはいいよ」と笑顔で認めてくれた。

うまく転がる時はそんなものなのか、学生時代の友人たちが今日・明日東京に集結すると連絡が入った。
勤務が終わったら夜行バスで合流できる!

「ちょっと早めに帰る」と言って別行動を取れば、可愛かずみさんのお墓参りに行ける!と思った。
「勝手没後ファン」が押しかけるだけなんだけど、墓前で無心に手を合わせていると気持ちの尖りが消えていくような気持ちになる。

さて、どうなることやら…
私は40代半ば、実家で母と二人暮らし。関係なさげだが四大卒。

知り合いに必ずと言っていいくらい言われること。

「いくつになったの?結婚は?えっ、未婚なの?お母さん心配してるでしょ?子どもはともかく、パートナーは必要よ」

「お仕事は何してるの?えっ、大学まで行っといてそんな仕事してるの?もったいない。もっといい仕事があるでしょ?何かあった時に困るわよ」

ええ、よくわかっていますとも。
世間にも、両親にも申し訳ないなって思ってます。
死にたい、死にたいと思いながら20年生きてきてしまってて、どうしていいかわからないんです。

本当にごめんなさい。
人間は「怖い」という感情があるから、自分の身の安全を守ることができるらしい。

私の中にずっとある死への憧れと死への恐怖心。
でも、恐怖心が上回っている感じがする。
クスリを飲もうが何をしようが、眠れない時というのが多々ある。
最近は可愛かずみさんのデッサンをすることが多い。朝までぶっ通しになってしまうけど、何もせずに朝が来るのを待つより気持ちが少し楽になっていくような気がする。
かずみさんに感謝。




春到来。花粉症は治ったが、この季節は何となく苦手。

 

新年度に向かって新たなスタートを切る人たちが苦手。

周りの人たちの気持ちが浮き立つ感じを見るのが苦手。

 

もちろん、その人たちには何の罪もない。

その「まっとうさ」というか「健やかさ」に自分がついていけないというだけのことなんだけど...

 

過食するし眠れないし、がひどくなる今日この頃、だ。