昨日は眼科にて左目の緑内障の検査と診察だった。
視力は問題ない。視神経の動きも問題ない。
視野検査もまあ、正常の範囲内。

「眼圧が少し上がってますね…」と視能訓練士さん。
診察の時にドクターも「少し眼圧が上がってますね…点眼薬で様子を見ましょう」。

検査も診察も終わり、会計を済ませて処方箋を受け取った。「4日以内に薬局に持って行って下さいね」
と言われる。
笑顔で「あ、わかりました」と答え、病院の外へ。
処方箋はくしゃくしゃに丸めて、燃えるごみのごみ箱へ。

そりゃ眼圧上がるっしょ。
もういいの、全て。

私は小学生の頃から大相撲のファンです。
家に帰るとテレビの前に座り、幕内力士の土俵入り、横綱土俵入り、幕内の取組を見ていました。
翌日には新聞から贔屓力士の勝敗や名勝負を切り抜き、ノートに貼っていました。横綱千代の富士が小錦関を下手ひねりで転がした取組や、その小錦関がその後ずっと悩まされることになる膝の大怪我を負った取組など…
小錦関が膝に大怪我を負った取組。後に「史上最低の横綱」と批判されることになる双羽黒(当時のしこ名は本名の北尾)との対戦で、鯖折りで負けた一番でした。

北尾関、保志関(後の横綱北勝海・現在の八角理事長)、小錦関、寺尾関…昭和38年生まれの彼らは「花のサンパチ組」として切磋琢磨していました。
中でも北尾関は長身で懐が深く、スケールの大きな相撲が魅力的な力士でした。

土俵の外での行いはあまりよくなかったようです。
当時、付き人をエアガンで撃ったとか、親方と仲違いして実家に帰ってしまうとか、週刊誌の広告で目にした記憶があります。

土俵の上ではコンスタントに白星をあげ、優勝に絡む成績を残していました。優勝同点、優勝次点になることが多かったです。
それでも「将来性を買われ」横綱に推挙されました。
優勝経験のない唯一の横綱だったと思います。

結局、1年少しで土俵外のトラブルで廃業するはめになりました。
断髪式の留めバサミは実父が入れました。

冒険家やレスラーとして活動していましたが…
女医さんと結婚されたことを知った時は、「いい金づるをつかんだな」としか思えませんでした。

立浪部屋にアドバイザーとして戻ったニュースを最後にあまり名前を見なくなりました。それなりにやっているんだろう、と勝手に思っていました。

だから、この2月の突然の訃報に本当に驚きました。

先週の爆報THEフライデーで奥さまが語られた北尾の半生には言葉も出ませんでした。
トラブル続きで離れていった人も多かったようですが、奥さまとお嬢さんと、一生懸命に生きようとした北尾の表情。無念さと前向きな感じと、入り交じったような表情でした。
好きなことを好きなようにやれた人生だったのか。
晩年は病気で思うように動けず、もどかしい思いをしたのだろうか。
そして最愛の家族を置いていく悲しみは去来しただろうか…

御冥福を心からお祈り申し上げます。



私が眠れないのは、
「身体をとことん動かしてないからや。しっかり動いたら自然に寝れるわ」。

私が過食に走るのは、
「変に食事量を減らすからあかんねん。炭水化物もしっかり食べて満腹中枢が働いたら、後になってお腹が空くことなんかないわ」。

腹立たしいやら呆れるやら悲しいやら…
そんな「健やかさ」があれば、通院も服薬もせえへんよ。

母のような「自分が健やか」である人って、そのこと自体が相手を傷つけているなんて思いもしないんだろうなあ。
でも母から承認されたい気持ちが消えない。

疲れる。
右の親指、左の親指…
爪や皮噛んでます…
これらはバスや電車の中でボーッとしてて、ふと周りを見てみたら視線が刺さってた…というヤツです。
もう40年こんなことやってるんだよなぁ…


ここ数日眠れない夜が続いたので、かずみさんのデッサン(?)が1枚完成。
バックが真っ黒のところに砂粒がついているところは描きやすいのだけれど、肌や影になっていないところの砂粒が描きづらいのなんのって…
ある程度砂粒の輪郭を描かないと何を描いているかわからないし、描きすぎてうまくぼかせないとじんましんが出たみたいになってしまう。けっこう描き直すも、もうお手上げ。
かずみさん、じんましんだらけにしてしまってごめんなさい…



可愛かずみさんのラストシングル、「星屑のシネマ」。
当時のかずみさんの等身大の女性の気持ちが歌詞につづられていて、かずみさんの歌い方も含め大好きな曲だ。

「若い」ことがいいことばかりとは限らないけれど、「若い」時だからこそ信じられる未来や希望みたいなものがあると思う。後から思い出したら、何となく青くて苦笑してしまうようなことだったりするのだけど。

特に2番のサビの前、

『誕生日のキャンドル 甘い吐息で消したね あの夜死ぬまで一緒と誓ったね』

という歌詞は心の奥を締めつけてくる。
私もそういう風に思えた時間があったのだ。
自己否定の塊みたいな人間だったけれど、それでも受け入れてくれた人間がいたのだ…
生きていれば、今日が誕生日だった…

今はもうそんな人間はいない。これからもいない。
私自身が自分をもて余しているのだし…

生き残り、死ねないのもしんどいんだよ。
それは私への罰なんだよね…
昨日の精神科の受診は「消えたい、死にたい、なのに死ぬことが怖い」と大泣きしながら訴えて終わった。
自分が存在することが周りに迷惑をかける、全てのものが膜の向こうにあって色褪せて見える…とも話した。
「しんどさを感じずに自分のままで生きられた時はある?」とドクター。
「あるとすれば、自殺した彼とつき合っていて、彼が統合失調症に罹患するまでの時間のみだと思います」と答える。
自殺願望があろうが、男の子みたいなかっこうをしようが、否定せず受け止めてくれた。
彼が統合失調症に罹患し、飛び降り自殺をしたことで私の精神も大きく崩れた。うつ病、摂食障害、自傷行為…
そんな自分を自分で受け入れられないのだ。こんな私を受け止めてくれる人間などいるわけない。

もういや。それが20年続いている不毛な時間だ。
アラームが鳴った。朝が来たのだ。
もうそれだけで気分が沈む。
今日は仕事は休みなのに、胸が苦しくて涙が出る。
精神科に行く日なのに、嫌で嫌でたまらない。
パスの中でも抜毛、爪噛み…
存在したくない。
今日は出勤だと思うと気持ちが沈む。
電車に乗ると胃が痛み、吐きそうになる。
乗換駅に向かう途中で涙が出てくる。

しんどいなあ…
でも単なる怠けかワガママなんだよなあ…

うつとの境目がいつもわからなくなる。
だから、気づいた時には悪化していることが多い。

今の自分の状態がどうなのかさえよくわからない。
だれかおねがいです わたしをけしてください
だれかおねがいです わたしをころしてください

しにたいのに いきていたくないのに
しぬことがこわいんです きょうふしんがけせないんです

おねがいします