私は小学生の頃から大相撲のファンです。
家に帰るとテレビの前に座り、幕内力士の土俵入り、横綱土俵入り、幕内の取組を見ていました。
翌日には新聞から贔屓力士の勝敗や名勝負を切り抜き、ノートに貼っていました。横綱千代の富士が小錦関を下手ひねりで転がした取組や、その小錦関がその後ずっと悩まされることになる膝の大怪我を負った取組など…
小錦関が膝に大怪我を負った取組。後に「史上最低の横綱」と批判されることになる双羽黒(当時のしこ名は本名の北尾)との対戦で、鯖折りで負けた一番でした。
北尾関、保志関(後の横綱北勝海・現在の八角理事長)、小錦関、寺尾関…昭和38年生まれの彼らは「花のサンパチ組」として切磋琢磨していました。
中でも北尾関は長身で懐が深く、スケールの大きな相撲が魅力的な力士でした。
土俵の外での行いはあまりよくなかったようです。
当時、付き人をエアガンで撃ったとか、親方と仲違いして実家に帰ってしまうとか、週刊誌の広告で目にした記憶があります。
土俵の上ではコンスタントに白星をあげ、優勝に絡む成績を残していました。優勝同点、優勝次点になることが多かったです。
それでも「将来性を買われ」横綱に推挙されました。
優勝経験のない唯一の横綱だったと思います。
結局、1年少しで土俵外のトラブルで廃業するはめになりました。
断髪式の留めバサミは実父が入れました。
冒険家やレスラーとして活動していましたが…
女医さんと結婚されたことを知った時は、「いい金づるをつかんだな」としか思えませんでした。
立浪部屋にアドバイザーとして戻ったニュースを最後にあまり名前を見なくなりました。それなりにやっているんだろう、と勝手に思っていました。
だから、この2月の突然の訃報に本当に驚きました。
先週の爆報THEフライデーで奥さまが語られた北尾の半生には言葉も出ませんでした。
トラブル続きで離れていった人も多かったようですが、奥さまとお嬢さんと、一生懸命に生きようとした北尾の表情。無念さと前向きな感じと、入り交じったような表情でした。
好きなことを好きなようにやれた人生だったのか。
晩年は病気で思うように動けず、もどかしい思いをしたのだろうか。
そして最愛の家族を置いていく悲しみは去来しただろうか…
御冥福を心からお祈り申し上げます。