可愛かずみさんの「オール・ソングス・コレクション」がヤフオクに出品されています。
今買おうと思えば、大体万単位の値段になるんですよね…いくらくらいで落札されるのかなぁ…

帯あり 可愛かずみ オール・ソングス・コレクション
噛んでます…
家の中はもちろん、バスや電車の中でも…
職場でも…

周りからの視線が突き刺さります…
やめたいのにやめられません…40年苦しんでます。

CDなどの「ジャケ買い」ならぬ「表紙買い」。
可愛かずみさん、19歳の頃だと思います。
この可愛さは反則やろ、と思うのですが(笑)

人間誰しも、生きていればいいこともあるし悪いこともある。
それらはあなたの人生にとって必然的なものであり、無駄なことなんて何ひとつない。全ては繋がっている…

必然的なもの…無駄なことなんてない…

だとしたら、私にとってのこの20年は何だったのだろう。どんな意味があったのだろう。

家にも学校にも居場所がなく、味方をしてくれる人もおらず、自分の性別について悩み続け、小学生の頃には自殺願望が芽生えていた。
そんな私を認め、つき合おう、と言ってくれたきみ。
阪神・淡路大震災で祖母を喪ったのにも関わらず、交通機関が寸断されてしばらく帰れなかった私に寄り添ってくれたきみ。
両目の白内障が一気に進み、明るいか暗いか程度しか見えなくなってしまった私の「目」になり、食事や着替えまで面倒を見てくれたきみ…

きみが統合失調症に罹患したと精神科で診断を受けた時、「何でや!何でよりによってこのひとがかからなあかんのや!」と怒りの感情がわいたことを今でも鮮明に覚えている。

きみを守りたかった。きみを支えたかった。
守れる、支えられると思っていた。
寛解すれば、また何か変わってくると本気で考えていた。

でも事態は悪い方にしか転がらなかった。
私まで鬱病にかかってしまい、何一つ仕事ができなくなった。同僚から責められ、きみと距離を置いて自分の治療を優先しなければいけなくなってしまった。
きみのご両親からもそれなりに叱責された…

それからのことを今言葉にするのが難しい。

とにかくきみは空に身を投げ、天に還っていった。
私はまだこちら側で、踏ん切りをつけられずにいる。

これが必然なのか。繋がっていくものなのか。
どこを見れば、「無駄はない」と思えるのだろう…



心身の調子がどうしようもなく悪かった先週。
シフトで休みになっていた平日に、可愛かずみさんの墓所へ行って来ました。前日に仕事が終わってから夜行バスに乗り、お墓参りをして新幹線で帰宅という本当に墓参のためだけの上京でした。

仏花や好んでいたタバコを買い求め、お水を汲んでお墓の前に行き…掃除をしたり、お花のお水を替えてお供えしたり、と一連の行為を行っていると、涙が溢れてはきますが、バラバラに砕けそうになっていた心身が少しずつ落ち着いてくるのです。
父や祖父母の墓参では感じない、何とも言えない感覚。

かずみさんに救ってもらっている。

本当にそんな感じなのです。
関西から東京へのほぼ日帰りの往復は決して楽ではないけれど…「救われたい」一心で行ってしまいます。
いっそのこと関東圏に住もうかなあ…

かずみさんの目は両方とも二重なのですが、メイクの仕方や角度によっては奥二重に見える時があります。
私はなぜか右目の二重がはっきり出ている表情に惹かれてしまうんですよね。
しかし…かずみさんの指は細くてきれいなのに、ゴツくなってしまった…
頭と身体がバラバラになって砕け散りそうな日々。
次のカウンセリングまで、とてもじゃないけれど心身が持ちそうにありませんでした。
平日の1日の休みを利用すべく、前日の仕事の後に夜行バスに飛び乗って向かったのは東京・麻布十番。
可愛かずみさんが眠る光善寺です。

なぜ、こんなに可愛かずみさんに惹きつけられるのか。
ひょうきん族世代ですが、家では見せてもらえなかったので、その頃のかずみさんを知りません。
「役者」としてのかずみさんの活躍ぶりも、生前見たことがありません。
かずみさんの没後かなりの年数が経ってから、彼女の軌跡を遡っていきました。知ることが増えていくにつれ、どんどん惹かれていくようになりました。
彼女の最後の選択を否定することは私にはできません。
かと言って、美化するつもりはありません。貶めるつもりもありません。
でも、不謹慎ですが羨ましく思うことがあります。妬ましく思うことがあります。20年前、婚約寸前だったひとがかずみさんと同じ選択をしたからです。
気持ちの折り合いがつけられず、それからの20年を「のうのうと生きてしまっている」と考えてしまう私。そんな私が、「役者」として生きていくためにかずみさんが懸命に努力された様子を知りました。彼女が必死に歩んだであろう姿を想像し、思いを馳せることで気持ちを少しずつ落ち着けるようになってきたのです。
そうして、かずみさんに救われていると感じるようになりました。
何度か、お墓にお参りさせていただいています。
関西からなので、ほぼ日帰りで東京との往復は金銭的にも身体的にも決して楽ではありません。
でも、かずみさんが眠るあの場所に足を運ぶことで、崩れて壊れてしまいそうな気持ちを何とか立て直し、日常と繋ぎ止めている自分がいるのです。

さて、今回もまたGoogleマップのお世話になりつつ麻布十番駅から光善寺へ(道順早く覚えてよ、私(泣))。
すぐそばにきれいな仏花を販売しているフラワーショップがあるので、今回もそこで色彩が華やかなものを選びました。
お彼岸にどなたか参られたのでしょう。
こざっぱりときれいに掃除されていました。
お花を入れさせていただき、ざっと水をかけて細かな埃を落としました。
お線香をあげ、かずみさんの好きなタバコもお供えしました。
改めてかずみさんの戒名を指でなぞります。
毎回、その横に御父様の御名前が彫られていないことを祈るような気持ちで確認しています。
まだご健在でおられるのでしょうか…胸の内を想像してしまい、辛い気持ちが込み上げてきます。
週末に台風が来るとのことなので、もし捨てておいた方がいいものがあれば集めて捨てておこうと反対側に回ろうとしたら、こんなもの↓が…
風雨で変色していましたが、3月末に行った時にお供えさせていただいたデッサン↓です…
ワンちゃんたちのところからはかなり離れたところに置いてありました。
半年間風雨で飛ばされずにいたのでしょうか…
これまで何度でも処分する機会があったはずなのに、処分されることなく置いていただいていたんだ…
月命日のお参りに、嬉しくて切ない「サプライズ」でした。

何とか気分も落ち着き、帰途につきました。
かずみさんの存在に、深く感謝。
かずみさん、本当に、本当にありがとうございます。


毎日毎日、目が覚めたとたんに憂鬱な気分に襲われ、泣きながら出勤。帰りに過食、睡眠薬が利かずに過食。
生きていてもしょうがない日が続いている。
死に惹きつけられる気持ちと低空飛行で生きていくしかないという気持ちがせめぎ合う。
20年前に投身自殺した彼の命日も近づいてきている。

頭の中、ぐちゃぐちゃ。どうしていいのかわからない…

こういう時の私の気持ちを何とかフラットにすることができるのは、可愛かずみさんが眠る墓所で手を合わせること。号泣しながらかずみさんに語りかけ、何とか落ち着いてきたらゆっくりと掃除をする。
お花を置かせてもらい、線香を手向け、好きだったタバコをお供えしていくうちに少しずつ気持ちが落ち着いてくるのだ…

とはいえ、かずみさんの墓所は東京で私は関西在住。
そうそう行けないのも事実だ。

でも、今は背に腹は変えられない。幸い今日は休みなので、昨日仕事から帰ってから東京行きの夜行バスに飛び乗った。
夜が明ければ東京だ。

それだけのためにわざわざ行くの?と呆れられるのは百も承知だ。
とりあえず、休もう。

ここ数ヶ月眠れず、心身の疲労が蓄積している。
気分転換をしようにも、家と仕事の往復のみが精一杯。
仕事先には迷惑をかけられないから、死ぬのは退職してからじゃないと…と、こういうところだけ変にマジメ。
起きてすぐに襲ってくるうつ症状。
泣きながら電車の中で過食する日々。
もうやだよ…

こういう時にどうしても行きたくなるのが可愛かずみさんが眠る光善寺。手を合わせているだけで、気持ちがフラットになる。
私には、他にはこんな場所がないのだ。

シフトを見ると、9日は休み。
8日に仕事が終わってから夜行バスで上京して、9日に新幹線で帰って来よう。
かなりの強行軍だけど…

昨日は6歳の甥っ子のこども園で最後の運動会だった。
マーチングをやるから見に来てね、と招待状を書いてくれていたので、休みをもらって見に行ってきた。

リレーと綱引きとマーチング、どれも甥っ子は頑張ってくれた。その姿を見ているだけで泣けてきて仕方なかった。

妹が結婚してから患った大病のため、子どもは諦めるよう告げられた。妹は「子ども好きの旦那の子どもを産んであげられないから別れる」と泣き、悩み、喧嘩にもなっていた。
それから12年。小さなチャンスがめぐってきた。
そうして生まれてきてくれたのが甥っ子だ。可愛くて仕方ない。天からの贈り物だと思っている。

なのに、最近甥っ子に優しくできない。
運動会の後は普通に接していられたのだけと、食後に「一緒に遊ぼう」と言われると何とも言えない疲れが出て、キツい調子で「今はムリ!」などと言ってしまう。
男の子だから、そうして声をかけてくれるのは今のうちだけなのに…
余裕がない。心が狭すぎる…
朝が辛い。
アラームできちんと起きられるんどけど、これからまた1日が始まるという絶望感。

低空飛行で生きていくのか、生を放棄するのか。
それすらきちんと決められない。