先週仕事の途中に割ってしまったガラス瓶。
破片で、手の甲をなぞってみた。
わずかなひっかき傷ができ、小さな小さな血の玉ができた。
その跡がかさぶたになり、剥がれかけてきた。
治ってきた…嫌だ…癒えなくていいのに…

錆び気味のカッターで同じところをなぞってみた。
また、少しのひっかき傷と小さな血の玉ができた。
でもこれが限界…
もっとよく切れる刃物でスパッと切りたいのにな…
あんなに嫌だった月経。
どれだけ目を背けても、「お前は女性なのだ」という証拠を突きつけられているような気になり、自分の性認識について考えざるをえなかった。
うっとうしいだけで、早く終わることを願っていた。

職場で意識を失って倒れ、内科で血圧検査・婦人科でホルモンバランスの検査を受けた。
普通は最終月経から1年ほどで判定するらしいが、9月に最終月経だった私はもう閉経しているとのことだった。
エコーの画像も、血液検査の結果もそのことをはっきり示していた。

なのに…手放しで喜べないのはなぜ?
数十年望んできたことなのに…

答えはひとつ。「子どもを産みたい」という望みがついえたからだ。
でも時が過ぎていく中で、実子を授かるラストチャンスが近づいてきているのは実感していた。精神科に通っていることを話した上で交際していた人もいたが、なかなか子どものことは言えなかった。
実子だけが子どもではない…でも、諦めることができなかった。高齢出産になること、精神科の薬の調整…あまり時間はないこともわかっていた。
何年か前から、生理不順になっていたので閉経が近づいてきているのだなという感じはあったけど…

こんなに早くその日が来るなんて…
頭ん中、ぐちゃぐちゃだよ。本当にこたえる。


職場で立て続けに意識を失って、内科の血液検査を受けた。全く異常はなく、念のために婦人科で受けたホルモンバランス検査。
超音波検査では、閉経していると言われていた。最終月経から3ヶ月というのは早いらしいが…
今日は血液検査の結果を聞きに行った。
そこに並んだ数値は、閉経したことをはっきり示していた。

自分が女性だという事実を、毎月突きつけられているようにしか思えなかった月経の終わり。
手放しで喜べないのはなぜなんだろう…

私は両親がいて妹がいて…という「普通」の家で育った。でも、家族のありがたみも暖かさも感じずに育ち、家庭なんて絶対に持つものじゃないという考えしか持てなかった。
20年前に亡くした彼も同じ事を感じ、家族や家庭なんて持つものじゃないと思っていたらしい。
そんなふたりは、お互いに初めてこの人となら…と感じ、この先同じ時間を共有することを選んだ。

しかし彼は自殺し、私は一人残った。
いろんな事を諦め、捨てた。
でもどうしても捨てられなかったのは「子どもを生みたい」という気持ちだった。

でも、それももう叶わない。
何かが、自分の中で音を立てて崩れていく。
昨日仕事の途中に、ガラス瓶を割ってしまった。
手袋をして破片を集め、細かい破片は捨ててもいい雑巾で集めて、雑巾ごと捨てた。

手袋をして集めた破片のを眺めていると、心の中からわいてくる感情があった。
破片をそっと左手の甲にあて、そっと引いてみた。

直線の跡がつき、ツーッと少量の血が流れた。
もう1回。そしてもう1回。
仕事中だったし、力を入れて引ける根性は私にはないので…ショボいな。

子どもの頃から自分が「女の子」であることに嫌悪感を抱いていた私。
初潮を迎え、中学・高校と制服でスカートをはかなければいけないのがたまらなく嫌だった。

しかし私の思いとは別に生理は判子で押したように28日周期でやって来た。痛みもなく、普段と変わらない生活は送れた。
ただ、「どれだけ嫌がろうともお前は女だ」という証拠を突きつけられているような不快で嫌な感じはあった。

さすがに40歳を越えると周期も期間もバラバラになった。量もその度に変わり、腰痛や眠気などに悩まされるようになった。
どうせ実子を産めるわけないんだから、とっとと終わればいいのに…と思って過ごしていた。

最近原因不明の体調不良で職場で意識を失って倒れるという失態を犯した。
血液検査を受けたが、血圧も血糖値もごく正常。精神科の薬も時間や量を守って飲んでいる。
あとは、年齢的にホルモンバランスを調べるように助言を受け、婦人科を受診した。

問診票に記入し、診察を受け、検査をする。
超音波のエコーでお腹の方まで調べてもらった。

エコーの写真を見ながらドクターが言った。
「これは閉経しているね。子宮が小さくなっている」
「…はぁ」

あんなに望んでいたことがこんなにあっさりとかなってしまった。
「閉経前はいろいろ不調が重なって大変」と聞いていたのでもっと大変なんだと思い込んでいた。

身軽になったような、なぜか少しさみしいような。





仕事のストレス。
家に帰るしかない現実。 
治らない精神病。

なんでこうなるんだろう。

で、爪を噛む。

この一週間で職場で意識を失って倒れるというみっともない姿をさらしてしまった。急激に血圧が低くなったのが?血糖値が急に下がったのか?
幸い勤め先が病院なので血液検査等はしていただけたのだが、「可能性として女性ホルモンバランスが崩れてきているのかもしれないね」と言われた。
早退後、午後診をしている病院の婦人科に行った。

この病院には何度も足を運んでいる。
2年前に大切なおじがここのホスピスに入り、帰宅途中に何度も見舞った。

気のよい優しいおじで、乗らなくなった車を父に譲ってくれたことがあった。25年前のことである。
その車があったから、父は連絡がつかない実家に行くことができた。
妹が助けられ、父親が助けられ…母親は家もろとも燃えてしまったが、おじにもらった車がなければ、誰ひとり助けられなかったかもしれない。

そんなことを思いだしたのも、無意識におじがいた部屋に行くエレベーター前に行ってしまったからだろう。

あ、おじちゃんおらへんねや。

涙が溢れてきた。
昨年父が亡くなってから時だけが流れていく。
私は呆然と立ち止まっているだけで、過ぎていく時に適応できないでいる。周りの人たちはきちんと生活しているのに…

生前は父のことが大嫌いだったし、でも性格が似ているがゆえに衝突したことが多かった。
それでもやはり、父が亡くなって悲しかった。淋しかった。何でいないんだろうと真剣に思った時期があるくらい、精神的なダメージもそれなりにあった。
その2ヶ月後、おじが亡くなった。無類の子ども好きで、いとこと同じように可愛がってくれた。
ある意味、実の父以上に父らしい人でもあった。
お通夜の時、棺の中のきれいな顔を見たら嗚咽がとまらなくなった。当時5歳だった甥っ子が「大丈夫?」とティッシュを持ってきてくれて、余計に涙が溢れてきた。

そして今年の4月、祖母が亡くなった。
「どんな人だった?」と聞かれてもうまく説明できない。存在してくれていることがありがたいひとだった。
いつも体を動かし、優しいひとだった。
いつも「元気で働けていればそれでいい」とニコニコしながら言ってくれた。
自分は満足に学校に行けなかったからか、「勉強して得た知識は誰にも盗まれない」と言うこともあったけれど、勉強を強要することはしなかった。

私も40代半ば。おじやおば、いずれは母を見送ることになるだろう。
でもこれほどの喪失感を感じることはないような気がする。
幼なじみのお母さんと20年ぶりくらいに顔を合わせた。
実家に遊びに来たのか住んでるのか、結婚したのかしてないのか、子どもはいるのかいないのか、仕事は何をしているのか…
ものすごい質問攻め。
私、あなたにそこまで報告する義務はないと思っているんですけど…まあいっか。
実家で母に寄生してます。結婚も出産もしてませんしすることはないと思います。仕事は看護助手です。

それに対する返答が、

「◯◯高校に行かせてもらって、□□大学を出してもらったのにそんな…ご両親に申し訳ないと思わないの!?」

…アンタに言われんでも思ってるよ。
って言うかどこの高校出ようがどこの大学出ようが、出た学校が仕事するわけでも何でもないやん。
精神科通いで精一杯っすよ。



元のグラビアは写真集「Long Time No See!」のアウトテイク(?)。
写真集ではクールな表情を見せてくれていたかずみさんの無邪気な笑顔。
笑うと三日月形になる目、チャームポイントの八重歯。
本当に魅力的です。