数学の起源を
(本当はもっと前からあるけど。)
 
デカルト座標が登場したのが1637年
 
二次方程式に解を与える最初期の方法は幾何学的であった。
バビロニアのくさび文字で書かれた文字板には二次方程式を解くことに単純化可能な問題が含まれていた[8]
 
エジプト中王国の時代 (2050 BC to 1650 BC) にまで遡る、エジプトのen:Berlin Papyrusには二項の二次方程式の解が含まれていた[9]
ギリシャの数学者ユークリッド (およそ 300 BC) 原論という自身の著作のなかで二次方程式を解くのに幾何学的方法を使った。原論は非常に大きな影響を与えた数学の学術文献である[10]
 
およそ200 BCの中国の九章算術には二次方程式に対する解法が登場する[11][12]
 
ギリシャの数学者ディオファントス (およそ 250 BC)は、自身の著作算術において二次方程式を解いたが、彼の手法はユークリッドの幾何学的手法と比較してより代数学的であったとされる[10]。ディオファントスの解は、たとえ2つの根が共に正であってもひとつの根のみを与える[13]
 
 
インドの数学者であるブラーマグプタ (597–668 AD)は自身の学術文献en:Brāhmasphuṭasiddhāntaの中で明示的に二次方程式の解の公式を示した。Brāhmasphuṭasiddhāntaは628 ADに出版されたが[14]、記号(symbol)ではなく言葉を使って書かれていた[15]。ブラーマグプタの二次方程式 {\displaystyle ax^{2}+bx=c} の解は次の通りである。"To the absolute number multiplied by four times the [coefficient of the] square, add the square of the [coefficient of the] middle term; the square root of the same, less the [coefficient of the] middle term, being divided by twice the [coefficient of the] square is the value."[16]これは次に等しい。
{\displaystyle x={\frac {{\sqrt {4ac+b^{2}}}-b}{2a}}.}
初期のギリシャおよびインドの数学者に影響を受けた
9世紀のペルシャの数学者フワーリズミーは、二次方程式を代数学的に解いた[17]
 
すべてのケースに対して有効な二次方程式の解の公式は1594年にシモン・ステヴィンによって最初に得られた[18]
 
1637年にはルネ・デカルトによってen:La Géométrieが出版されたが、この本には今日私たちが知っている形式で二次方程式の解の公式が収録されている。一般解が現代的な数学の学術文献に初めて登場したのは1896年で、Henry Heatonによる論文のなかで言及されたものである
 
 
3500年もかかったわけだ。