相談しなくてもイチイチごちゃごちゃ言ってくるからなあ・・・。情報は一切流さない。今後。そして、何か言ってきたときは、相手はしゃべりたいだけだからスルーするか、テキトーに。あまり正面からやりあわないようにしよう。相談するのも辞めとこう。イチイチひとのやること、あーだコーダうるさい。自分で勝手にやる。すると報告しないとかゴチャゴチャ言われたのが前の職場。バカに相談して何になるの?道徳教材を読んでから、あらすじを確認するのではなく、はじめにあらすじを言ってしまう。国語の授業じゃないんだから。そのほうが本文を読んだときに理解しやすいし、発問したときも答えやすいだろう。あらすじを言っておけば生徒に読ませても大丈夫だし。アホが2人以上で交通事故は起きる道徳の教材を作成中に思いついたが、数学の授業をクイズ形式でやったらどうだろうか?「決まり決まり」ってバカ真面目のアスペルガーみたいに学級運営したって、上手く行かない。なぜなら生徒は「本当にそのくらいいいじゃん」と思ってるから。説明不十分のうちは、筋が通ってなくてもある程度はルール外を許すべき。許さないならば、きちんと前もって十分説明しておかないといかん。これを学んだのは教師生活2年目だったなあ。1年目は杓子定規にやってて、2年目になんとなく生徒の様子を見ていると、目がつり上がって、反抗的になる。許すと収まる。この様子を見て、こういうもんなんだと思った。体罰もだめだし時代的にももう教師は権力者ではないことを悟った時期でもあった。言っておいた後に、「言ったよな」って指導は、すごく生徒に入りますよ。体育祭のリーダーは、特に体育のできる子がやるのではなくて、体が小さくて運動できなくてもリーダーシップを発揮できる子にさせたほうがよい、と言う。私は、違うと思う。なぜなら、体が小さくて運動できない子は気持ちの上で前向きになれるはずがないから。劣等感もちながら。深い学びとは何か?考えたことがある。自転車に例えると、たまたま10m補助輪なしで乗れた程度が浅い学び。補助輪なしでスイスイ乗れてウルトラCだってできるのが深い学び。つまりふかい学びは深い学び。俺は皆よりも身体能力が優れているぞ、という無意識の自信が、前向きなリーダーとして周囲に指示を出せるわけで、運動会でチビがリーダーをやるということは、偏差値25の奴が偏差値75の集団に入っていって「お前ら!東大いくぞ。俺についてこい」ってやってるようなもんだ。人間の法則2