教師になって2年目、2度の群集心理というものを目の当たりにした。1度目は学級目標決めの際「3つにする!」と教員側が突っぱねると暴動が起こりそうになり、「アンケートで手を挙げさせる」と暴動が収まった。2回目は運動会の練習が上手く行かなかった時。
生徒同士のトラブルが続き、なぜかイライラが担任に向けられたことがある。そこで強情に突っぱねても益々生徒の反感を買うだけでもうどうしょうもないことが見えた。むしろ待ってましたと攻撃される。こういう場合はすかしてかわして、褒めるなどして反発できないように持って行った。
突っぱねると反発してきて収拾が付かなくなるのが群集心理というものだと思い知らされた。一方で、生徒の意見を聞くと暴動がすぐにおさまる。
徒党を組んで向かってくる大勢を相手に一人で向かっていっても負けることは目に見えている。負けてしまっては元も子もないのだ。たとえそれが正義だとしても戦争と同じで戦勝国にこそ正義がある。負けたらそれは正義ではない。その程度のところで動物社会はやっているわけで、理想というのは
理想というのは大勢の意見を集めやすいから理想というのであって、大勢の意見を集めない理想は理想とは言わない。一方的な理想なんだよね。
授業で教員がミスをする。弱みを見せる。すると一人が突っ込みを入れる。するとそれを聞いていたもう一人がさらに攻撃をしてくる。「文句を言ってもやられないから大丈夫。それに文句を言うことが正義だ」という雰囲気ができあがるからだ。相手が優位に立つ雰囲気が。こうして負の連鎖が起こる。
それゆえに、逆にこの性質を利用して、学級運営では、プラスイメージのことばかりを先生の話の際に話せば良い。「今日は○○君が集配を手伝ってくれました。」「○○さんがゴミを捨ててくれました。」など。こうやって情報を操作することでクラスがプラスのオーラに洗脳される。これは悪いことではない
プラスのオーラに洗脳することは悪いことではない。不良漫画に影響される中高生の例はよくないことだが、プラスのイメージを植え付けることは、言い換えれば、本来その子が持っていたよい部分を伸ばしていることと同じだ。常に意識させ良い方向に気付かせているのと同じ。トレーニングしてやってるのと
良い方向に性格をトレーニングしてやってるのと同じこと。けっして、良い意味での洗脳は悪いことではないと思う。洗脳って言葉を使うからアレなのかな。。。良い方に導く技術とでも言えばいいのだ。
生徒にアンケートを採る際、教員側は何か一言、方向付けを与える言葉を与えてやらないといけない。そうしないと、生徒は方向を見失い、ふざけ始める。なぜならば、どうしていいかわからないからだ。だから馬鹿や中学生くらいだと本能に従うのである。これを阻止するには一言言及することだ。
クラスで一人の生徒がマイナス発言「嫌だ」と言うと、周囲の皆が「嫌だ」「やりたくねえめんどくせえ」という雰囲気になる。生徒に話をするときは良い点を話そう。