最近は連日山本勘助ネタでごめんなさい。
自社案件も落ち着き、
最近は他社案件のコンサルに右往左往
の日々なんで・・・・・・
どうしてもコンサルタントとしての心構えを再度自覚したくて・・・・
今日も山勘でいきます。笑
いやぁ充実した一日でした。
顧問先と自社案件が融合しそうで
嬉しくって嬉しくって!
当社メインバンクの若きエースも交えて
会食でした。
皆さん、お疲れの所本当にありがとうございます。
手を携えて頑張りましょう!
勘助は信玄の軍師。
中年期まで諸国を放浪し
様々な知恵と戦略を身につけます。
そして武田信玄に請われて
甲斐の国の軍師として最高の力量を発揮し
信玄を瞬く間に日の本有数の大名へ育て上げます。
しかし、有名な川中島の合戦で勘助は・・・・・・・
ちなみに川中島の合戦は12年間計5回の戦が行われ(一説では12回合戦)
最大の合戦だった第4回で勘助は戦死します。
その理由は自ら犯した過ちの自責の念によります。
勘助は周辺の土地のデューデリを綿密に行い
川中島にはこの季節は霧に覆われる事実を知ります。
そこで、武田軍は二手に別れ
第2軍を妻女山に構える上杉謙信軍の背後から
霧にまぎれて襲撃しようと計画しました。
これが山本勘助の独断で進められた
有名な「啄木鳥の戦法」です。
しかし、結果は謙信にその裏をかかれ・・・・・・
霧が晴れたときに
武田本陣の前には上杉全軍が立ちはだかっており
戦力を分散させた武田軍は
最大の死者を出す羽目になりました。
勘助は自己の絶対の自信による戦術の奢りを恥じて
自ら上杉軍に切り込んで戦死したと伝えられています。
ここに知恵袋のおごりが見えるのです。
それなりの実績、大将からの厚い信頼、そして自己能力への過信
ここに勘助の軍師としての失敗がありました。
私は勘助の実績の全てを研究しました。
そして勘助最後の大仕事で失敗する。
ここに私は最良の学びを見出しています。
自らの力は最高に評価しなければなりません。
その自信を持てないことは・・・・・・・・
それは信頼をくれる相手方への失礼になります。
しかし一方で心の中では
常に自らの行動へ疑問を持ち、
表裏二重の考えを持ち、
そして怖れを抱くことです。
表向きは自信満々でも
心の中では自らの力を冷静に、客観的に
分析する事ができる力。
その心が一番求められるのがコンサルタントだと思います。
コンサルタントの戦略には確実な結果が必要なんです。
その為には自らの能力を一番分析できる力を持つことです。
絶対に持ち続けなければならないものがあります。
それは自信と努力です。
そして、捨てなければならないものもあります。
ひそかに己の心に巣くうもの。
それは、過信と奢りです。
やはり歴史は学びと教訓を教えてくれますね。笑