父が私にも目の前に広げたインターネットの記事には
手術不可能といわれた脳腫瘍患者を立て続けに
治療して世界中を飛び回る、ある脳神経外科の記事であった。
アメリカ、デューク大学教授
世界的脳腫瘍の権威
神の手 福島孝徳
「鍵穴手術」という術式を考案し
今まで誰も手がつけれなかった根治不能な脳腫瘍を専門に手術し
アメリカではラストホープ(最後の希望)
と賞賛される脳神経外科医だった。
「この福島先生に手術してもらおう。
アメリカへ連れて行くばい。
ラストホープなら治しきるかもしれん。」
そんな、父を見ながら母は
「こいつが飛行機げな乗れる体じゃかなとは
見たらわかるやろうもん!」
厳しい口調で母は父へ噛み付いた。
「それなら、福岡までラストホープに来てもらおう。」
父は主治医の高嶋医師にまで
福島孝徳医師に手術してもらいたい気持ちを話した。
「お父さん。確かに彼は凄腕の医師ですし、それは自由です。
しかし、先日奇跡的に峠を乗り越えたとは言え
未だ予断を許さない状況にあるのは変わりません。
福島先生が来るまで彼の体はもちません。
今でもわずかに続く脳内出血と血腫を最低でも
取り除かなければ・・・・・・・・
明後日には手術室があきますので
私に委ねていただけませんか?
成功の可能性は高くありませんが、
必ず彼を救います。」
そんな高嶋医師の言葉を聞いて
妹が父へ告げた。
「私も病院で聞いたけど、高嶋先生も相当の先生らしいよ。
高嶋先生に頼もうよ!」
妹は作業療法士で、脳神経障害や精神障害を背負い
麻痺で動かなくなった患者を治す仕事を専門病院でしていた。
「兄ちゃんは大丈夫と思うよ。
絶対、死なないと思う。」
幼い頃は私のいじめにも耐えながら、
ずっと「兄ちゃん、兄ちゃん」と
私を慕ってくれた優しい妹だった。
父は妹へは昔から何も言えない。
妹の強い口調での言葉に
父もアメリカ行きは断念したようだった。
しかし、父には他にも心配事が山積みだった。
父と妻はいつもぶつかるようになっていた。
私の知らない所で・・・・・
私の会社や負債の状況をめぐって・・・・
一方では、面会謝絶にも拘らず
面会者の足が跡を絶たない。
中には招かれざる客もいた。
債権者である、街金達だ。
警察に通報されるので
看護師の目を盗んで
私の病室まで私の様子を伺いにきはじめていた。
酸素マスクにつながれ
文字も書けず
言葉も失い
感情すら満足にあらわせなくなった私。
彼らは、そんな私へでも取立は止めなかった。
そんな彼らと私が無言で対峙する病室へ
妻がやってきた。