当然の様に私は

何ら反応など出来様もない。


それでも、父は


「あんまい頭ば使わせちゃいかんばってん

  教えてくれんか?」


そう私に執拗に聞いてくる。

妻は

これまでの事の成り行き

傾いていく会社の状況

全て父に話したようだった。



その成り行きとは


匿名組合投資家の破綻によるその筋の方々の介入。


それによるファンドの解散。


その煽りでの全事業の停止。

複雑な事情を良く知らない

妻の中途半端な説明では

田舎の中で生活し、サラリーマンである父は


私イコールヤ○ザを定義付けするしかなかったようだった。

父も頑固一徹な人間である。

当然理解しうるはずもない。


彼らと関係を持った以上、

例え私は被害者であれ

私を許せなかったようだ。

彼らと同義に見られても仕方がない。

父は私の目の前に通帳を突きつけた。

 「なんでお前の通帳に

何億も金が出たり入ったりしとるとや?」

組合の通帳である。

匿名組合は個人名義でしか口座を開けない。


私の幼馴染にまで連絡し

 

「こいつはヤ○ザやったとね?あんた何か知らんね?」

わざわざ、幼馴染、友人方々を聞いて回っていたようだった。

私の真実の姿を知るために・・・・


父はこんな時であるから

とても珍しく、

本当に優しく、

私に問いかけてきた。


しかし、


言語障害で言葉すら発せ無い私。



私にペンを持たせ

何かを書かせようとした。

幼子にご飯を与えようとする

優しい目で。


しかし、


麻痺でペンすら握れない私。




そんな私の姿を見続けることが出来なかったのか、


父は、結局


 「またくるけんね・・・」


そう、言い残して


病室から帰っていった。


目には、たくさんの涙を浮かべて・・・・




相変わらず続く

見舞い客のオンパレード。

妻や家族がいれば

見舞い客は遠慮してもらっていたようだが、

友人の大籠君がいる時は

彼はご丁寧にお客様を病室までアテンドして

私の下まで案内してくれていた。

病室に誰も居ない時は

どんどん、どんどん

見舞い客はやって来た。

顔面麻痺で顔が変形し


感情も出せず


満足に話すら出来ない


こんな男を見に・・・・・・


父は仕事を休んでまでして

私の為に色んな事をしてくれていた様であった。

会社の連中とのミーティング

資金繰り

そして・・・・完治不能を宣告された

私のグリオーマの治療法

父は数日で見る見るうちにやせ細っていった。

もともと父は糖尿病の予備軍であった。

予防医療に凝っていた父は減量をこなしていた。

しかし、そうはいえ元は相撲取りの卵。

巨漢であった。


その父がマッチ棒のように細くなっていく。


不眠不休で私の為に


方々を動き回ってくれていたようだった。

父と妻は私の身辺整理の為に

行動を共にしていた様だった。


父と妻はしょっちゅうぶつかり始めた。


そろそろ妻の本性が現れ始めていた。

そんな時、


父が私にインターネットのダウンロード記事を見せにきた。


今では医療ドキュメンタリー等々で


引っ張りになっているこの医師は


10数年前、東京大学医学部から


単身渡米したサムライ医師だった。


その医師の名は


脳腫瘍の世界的権威

神の手 福島孝徳