7月18日


この日以降の日付の記憶が曖昧だ。


ただただ、きつかった、つらかった


そんな思い出ばかりの日々。



人間という者は


「苦い思い出」は忘れ去るように出来ている。


余程、嫌な事が続いた日々


だがその日々の大半は忘れかけている。


今の私にはその時のつらさや絶望感が


私の血になり、骨になり、力となっているのは間違いない。



死の病の宣告、


人間との信頼関係の決裂


債権者との交渉、



その時の感情や経験の全てが、


今の私の力になっている。




債権者が病院に押し寄せた、


検査後の私の下へ。


私は彼らをわざと呼び出していた。


検査後、スーツに着替え


債権者と交渉に入る。



銀行や消費者金融その他正当な金融機関は


「命を削る」、私のこの行動に躊躇する。


彼らは融資時には生命保険にかけている。


死を前提とした私には返済能力が無い。


そう判断する。



私の死亡診断書を提出すれば


彼らは私の家族へは


手出しはしない。



保険金で回収する。



命を賭けたイミテーション



命を愚弄した・・・・・


神仏にそして・・・・私の魂への


裏切り行為。



こんな事をしてまでも


それでも私は家族を、会社を守らなくてはならない。



異常



そんな行動を私はとっていた。



ある人が


死を目前にした人間の行動を・・・・


私に教えてくれた。



しかし、


死を目前にした人間の行動は


様々だ。



余命宣告を受けた人間の開き直り・・・


旅行に行く人もいるだろう、


最近そんな映画もあっていた・・・・



八つ当たりを繰り返す人、


家族、友人、そして、人生に感謝の意を持つ人



時期や環境や人柄で・・・・様々だと思う。


私のこの異常な行動も一つの


人生の締めくくりだ。



責任の所在だけはしっかり整理した


「死に様」。



 「身奇麗にして旅立とう。


   そして、必ず生き返る。


     一からやり直すんだ。」



 「この苦境を、命の期限すら、


   やり直す為に利用しよう。


     そして、家族を守るんだ。」



「生」への確信しか持たない私がそこにはいた。



しかし、


階段は


一つ、一つ


積みあがりかけていた。