「ちょっと~モリチンさぁ~
うちで大分稼いでるよね~
来月返すけん・・・・・・・・・
お金貸して~~~~~」
私の予感は当たった。
彼女は
何の根拠もない返済計画を話し出し
真偽疑わしい
資金使途を私に説明した。
柔らかく、柔らかく、断り文句を
叩きつけていたが
結局融資をする事に・・・・・
その代わりに
資金使途を明確に説明する事
資金投入先に私が直接振り込む事
私が不必要だと判断した資金は振り込まない事
無担保、無保証である事
利息を取らない事
彼女が経営するクラブの経営権を譲渡する事
正式に雇われママとして、私が採用する事
以上を条件に融資した。
彼女が必要とした資金先は
クラブの運転資金および
消費者金融への精算金だった。
元々、数字に弱く、行き当たりばったりの経営の上
昔の男に貢いだ借金を約10年ほど背負っている。
消費者金融の負債は大分返しているが
そのしわ寄せとして、
家賃、人件費、酒屋の発注費、
がショートを起こしていた。
一方でこのクラブは
売り上げ自体は
かなりの数字をたたき出していた。
20坪程度の敷地面積で
月間、1200万円程の売上。
バブル崩壊後の景気とはいえ
上々の数字である。
まず私は、約10年間ほどの間の
消費者金融取引に対し
過払い金返還請求訴訟を提訴する事を
半ば強要した。
彼女は現金で来る、毎日の売上を
自分の贅沢品の購入や、遊興費に当てる
傾向があり、
借金する状況なのに贅沢をしていては
意味がないと判断したからだ。
多重債務を潜り抜けた、
私の学生時代の経験からしてみれば
ありえない状況の生活をしていた。
現在では普通になってきている
過払い金返還請求
この当時は言葉を知る人も少なく
ましてや、消費者金融に
喧嘩を売る事を考える人すら
いなかった。
時代は40.004%の利息。
今の様に、貸金業者も貧弱ではない。
この厳しい状況の中で
私は過払い金返還訴訟の中で
業法規定超過利息の取りすぎの返還はできなくても
この後の支払いは免除できるのではないか
と考えていた。
彼女の借金の問題については
訴訟で解決し、
穴が開いた運転資金については
必要な資金をその都度
私が支払う。
そして、その保証は
彼女が経営するクラブの経営主体
「有限会社A」
の経営権の社員権の保全を
目的に融資をする事にした。
これぞ、
デッド・エクイティ・スワップ
(債務の株式化)
さぁ~~~~~
モリチン最初のM&Aの始まりだ~