今日、愛弟子の1人が


BIZZCAFEに顔を出してくれました。


名前は「猪瀬」と言います。



今まで、何十件と飲食店のM&Aに携わり


経営してきましたが、


彼に任せた、このレストランが


私がスケルトン状態から、


一から作り上げた唯一の店です。



猪瀬は、


私が「余命宣告」から奇跡的に生還した後、


唯一残った財産だった、私のレストランにやってきました。



猪瀬はイタリアから帰ってきたばかりの


コテコテの単なるイタリア料理の職人でした。


私は「単なる料理人」だった彼に



店舗経営のイロハを一から叩き込みました。



その当時、一緒にこのレストランで働いていた



  「彼は単なる料理人じゃないと思うよ。

    色々教えてあげたら彼は伸びると思うよ。」



妻の助言に従い、私は私がこれまで培った


経営学、マーケティング、店舗経営に必要なものの


全てを教えました。



猪瀬は妻が言うとおり


  「一を知れば十を知る」


タイプの男でした。



私は退院後、


無一文状態で再開した


この25坪のレストランを



猪瀬と一緒に再生させ、



半年後には


私を「左団扇社長」にしてくれた


「猪瀬」。


  

 「モリチンはもう終わった・・・・」



そんな風評から



誰もお客さんが来なくなった



この「25坪のレストラン」から始まり



半年後には 月商800万円 上げる



店を皆で作る事が出来ました。



その時


このレストランで出来た資金を下に


私はもう一度


企業再生業を再開する事が出来ました。




 「社長、うちのレストランから出来たお金です。



   社長の次のビジネスに使ってください。」



猪瀬の言葉です。



彼が店長兼料理長として、作ってくれたお金で


私はもう一度、このビジネスを再開することが出来ました。



繁盛したんで、近所のもう少し広い店舗へ


移転したこのレストラン。



しかし、「あの悲劇」が始まり、


うちのスタッフは皆・・・・・


チリジリになりました。



猪瀬も最後まで私に仕えてくれましたが


「あの悲劇」で、


このレストランも他人に売却される事になりました。



最後まで・・・こんな私に使えてくれた「猪瀬」



2ヶ月前に


  「独立します」


と私に挨拶に来てくれました。


 


 「モリチン社長がいなかったら、今の自分はありません。



     社長に全てを教えてもらいました。」と



最後に挨拶に来てくれた猪瀬。



これまで俺に、


さんざん毒をはかれながら、

    

手を上げられながらでも



  「僕は社長についていきます」と



頑張って5年間仕えてくれた猪瀬。





 俺は全て教えたけん、



  お前なら1人でもうやれるけんな。




俺と、お前、そしてたくさんのスタッフで



築きあげたオゾンは




今も・・・・・・・




「BIZZCAFE」という名前で


今も残っています。




お前が今日、大ちゃん達につなげた




「想い」は




BIZZCAFEで・・・・・これからもい引継いでいくけんな


あの時に二人で流した涙は生涯忘れんぞ



本当ありがとう・・・・・・猪瀬