皆さん父の日はいかがお過ごしになられましたか?
私は実家が吉野ヶ里遺跡がある佐賀県の山の中で育ちました。
実家は百姓をしてて、ここの野菜がBIZZに来ています。
家族で田植をしてきました。大雨の中で。
私は生まれた頃は体が弱く5歳まで生きられないと言われていたそうです。
しかし、お陰さまで「地上最強」を目指せるくらいの屈強な肉体を頂きました。
やんちゃな男の子だったんで、当然の様に父には多大な苦労をかけました。
結婚式の目前に
私が「死」を宣告されたときも
「こげな体で生んでしもうてごめんと」抱きついて何度も何度も泣いてくれました。
俺の方こそ、親父に生んでもらった事が一番の感謝です。
同じように、義理の父は「絶対あんたは死なんから、胸張って生きなさい」と笑って励ましてくれました。自分の娘がこれからこんな男と結婚して苦労することなんか気にもせず・・・・
本当にありがとうございました。
仲人であり、福岡での父であり、私に仕事を教えてくれた法律家である師匠は
退職前夜、私がしてきた背任行為ともいえる事を
「君がこんな苦労をして頑張ってきたという事を、知らなかったという事は上司として失格だ」と泣きながら握手してくれました。そして、これから起業する私に多額の金額を渡し、「返す事は前提としない金だ。企業家として使ってくれ」と私に投資してくれました。
私は先生の生き方を見てこれまで企業家として歩いてきました。
最後に、
私は昨年会社を倒産させました。
あのドラマが起きて・・・・・
人を雇うこと、育てること、人の上に立つ事、全てを放棄しました。
一人で歩いて行けるから、しばらくの間、一人で歩いていました。
その時、もう一人の父が私を企業家へ呼び戻してくれました。
その人は本物の「ハガタカ」でした。
今の私の会社の会長です。
「人の気持ちが、会社の気持ちが、今なら分かるだろう」と・・・・
企業再生投資をもう一度にやる為に、
もう一度、私を立ち上がらせてくれました。
見えない力に生かされて、たくさんの父に守られて、私は日々仕事をしています。