竹林の愚人の本棚 -182ページ目

笑犬樓の逆襲

笑犬樓の逆襲/筒井 康隆


マスコミによる言語の自主規制に抗議して断筆宣言した著者が執筆再開。
「噂の真相」に寄せた文を集めるに当たり、狂犬を笑犬に変更せざるをえなかった。
差別的だからというだけの理由で「狂」は絶対にいかんと小説連載中にさんざん苦しめた朝日新聞に、今度の狂牛病騒ぎで一面にでかい活字で「狂」の字が躍っている。
言い換えがきかず,そう書くしかない必要に迫られた表現があるということ。
新聞紙面からことばを抹殺する権利がどこにあるのか?
世界には多様な言語があり、文化程度の高い種族の言語ほど多様性がある。
ことばの豊かさは、成熟した文化を維持する上で絶対に必要だ。
阪神・淡路大震災を体験した60歳の作家がこの災害を茶化して書けるかどうか。
ブラック・ユーモアでこの題材を書こうとして書けない悩みを抱く。

抵抗論 

抵抗論―国家からの自由へ/辺見 庸


あたかも未来の暴走を予感したかのように自らを拘束した「反国家的」な、市民に国家からの自由を保障する日本の現行憲法。
大学やジャーナリズムが率先して体現すべきものとしてきた。
ところが今のマスコミは権力からの圧力もないのに自ら進んで翼賛報道をやる。
本来ジャーナリズムは権力を監視する「ウォッチ・ドッグ」たるべきであるにもかかわらず、まるで権力の飼い犬に甘んじている。
元共同通信社の記者として戦場で死にゆく人々を傍観してきた筆者の筆は重い。
NHKが政治家に気兼ねして自ら報道検閲を行っているという最近のニュースを聞くにつれ、自らの視座を外側に置き換える必要を感じる。

君の思いは必ず実現する

君の思いは必ず実現する―二十一世紀の子供たちへ/稲盛 和夫


昭和34年4月1日に京都セラミックを従業員28名でスタート。
長期計画を立てることなく、「今日一日を精一杯生きる」短期目標だけでやってきて今日の京セラが出来た。
見るからに利発そうな青年が会社に見切りをつけて早々に辞めていく。
一方青年時代愚鈍そうに見えた人が1つのことに頑張って、続けていく内に会社に貢献してくれる優秀な人に成長した。
継続は平凡な人を非凡に変えていく。
人生の結果は持って生まれた能力に熱意と考え方とを掛け合わせたもの。
仕事を好きになれ。
創意工夫を重ね、仕事や研究に喜びを見出せ。常にどうしたらいいのか?
自分は正しいのか?
を自問自答して一生懸命努力していけば、必ず悩みの後に天の啓示がある。

デジカメ写真は撮ったまま使うな!

デジカメ写真は撮ったまま使うな!―ガバッと撮ってサクッと直す (岩波アクティブ新書)/鐸木 能光


ビンポケ写真を撮るために10数万もの出費が必要?デジカメの撮像素子は35mmフイルムに比べとても小さい。
35mmが36×24mmなのに、CCDは2/3インイ型で8.8×6.6mm。
わずか面積比で6.7%しかない。
そのため焦点距離が短く、被写界深度が深くなる。
つまり背景がボケない。
焦点距離5mmではボケた写真は撮りようがない。
写真らしい写真?を撮ろうとすれば、交換式のデジタル一眼レフしかない。
それでも23.7×15.6mm以下の面積しかなく、勝手にトリミンングされる。
50mmレンズで撮るとフイルムカメラの80mmになってしまう。
50mmの写真を撮るには35mm以下の広角レンズが必要となる。
ところが広角を使うと入射光の角度に無理が出てくる。
デジカメにフイルム用交換レンズを使うとレンズの中央部を通過する光しか使われず、交換レンズの持ち味が生かされない。
そこでデジカメ専用の規格が必要となり、登場したのが「フォーサーズシステム」だが、4/3インチの撮像素子で17.3×13mmしかない。
もっと大きな撮像素子で安価なものが望まれる。

レンズはC社、CCDはS社。
外観は違っても使われている主要部品は限られており、年々進歩しているように見えながら、基本的なスペックは案外後退しているのでは?
明るいレンズに大きなCCD。
高細密な小さなCCDに血眼になった結果、コストを押さえるには安価な暗いレンズしか使えない。
そのため、500万画素の最新デジカメより一昔前の200万画素のほうが「きれいな写真」が撮れてしまう。

雨を活かす

雨を活かす ーためることから始めるー (岩波アクティブ新書)/辰濃 和男


バングラデシュでは64県中61県の井戸がヒ素で汚染され、総人口の半分6.000万人がその影響を受けている。
高度な濾過システムの導入より、電気も来ていないこの国には天の恵みである「スカイウォーター」(雨水)の利用が有効だ。
一方、日本の都市はビルだらけの街、屋根だらけ。
この都会に雨水を貯める仕組みが組み込めたなら、都市に無数のミニダムが出現することになる。
洪水対策・災害対策・そして屋上緑化・壁面緑化・天井冷房と炎暑対策にも有効。
このような可能性のある雨水をそのまま下水に垂れ流すのは「もったいない」。
雨水の貯留・浸透・そして活用を。もっとも粉塵・煤塵にまみれた都会の雨水は汚染源が特定できない「ノンポイントソース」。
これが河川にそのまま流れ、下水処理場の負担が大きくなっている。
そこで、雨水タンクを2基設置。
雨樋をつないだ1基目は消火槽兼用の沈殿タンク。
上澄みを次のタンクに流入させて、活用する。
オーバーフロー分は地下に浸透させる。

個人のタンク設置に補助金を出してもダム建設より安価に済む。
電力は過疎地に原発を造って都市まで送電するより、消費家の所で造る自家発電・コージェネレーションの時代が到来している。
下水道も集中処理より個別での合併式浄化槽の方が理にかなっている。
上水も雨水活用で解決か?
そうなると破綻する水道事業者が出てきて、そこに税金が投入され・・・

「超」リタイア術

「超」リタイア術 (新潮文庫)/野口 悠紀雄


誰も国民年金保険料を払わなくとも国民年金や基礎年金の支払いが行われる「夢の年金システム」。
この維持の為に年間7万円の額をサラリーマンが負担している。
保険料分を自分で運営したほうが効率的と、今や国民年金の未納者は4割にのぼる。
一方、サラリーマンは保険料率が妥当かどうか検証できないまま、所得税よりも重い年金保険料を天引きされている。しかも「保険料だけ払って、生涯、年金なし」という不合理な事態が起こり得る。
年金を受給する年齢になっても働けば保険料を支払い続ける必要があり、在職老齢年金・支払停止制度というペナルティがあり、高齢者の労働意欲を大きく削いでいる。
支給を受けるために非常勤や、高齢者雇用維持給付と併用されての低賃金での雇用という、高齢者に不当な扱いが為されている。
いまやこの保険制度は現代社会において負の効果しかない邪魔ものとなった。
こうした不合理からサラリーマンが救済される道はあるのか?「サラリーマン事業主」つまりサラリーマン自身が個人事業主になることだ。

国民年金は強制加入といいながら未納者への周知や徴収の働きかけすらやって来なかったのは「年金トリオ」で証明済み。
結果、自分達の失敗を隠蔽するため取りやすい所からぼったくる。
こんな不合理な年金制度はぶっ潰そう。
皆個人事業主となって年金を自己責任で運営しよう。
社会保険庁の下手な運営よりはまし。
無駄使いとなっても自分でする分には合意の上だ。

ローマの処世術

ローマ人の処世術―人生の苦しみに負けない言葉/鷲田 小弥太


今日、哲学とは存在や認識を扱う専門家だけに通じる「純哲」が主流で、人生哲学などは「通俗哲学」と卑しめられている。
しかし、歴史を振り返るとローマ時代には抽象的な原理や理論ではなく、実政治、実生活に役立つ理論が尊ばれた。
哲学を知的エリートの独占物からコピー可能な思考の技術として大衆の手に取り戻そう。
このローマ時代の人生哲学を見直すことで。しかも三流と見なされていたプルタルコスから、知恵=人生知を学び取ろう。

長年貧しい国の子への教育資金援助をされている曽根綾子さんは、人間誰しも援助を受けるよりも授ける方が楽しい。
その楽しさを金持ちや企業に独占させるのはもったいないと多くの方に快楽を分かち与えているという。
これぞコピーすべき人生哲学だ。

 「アジアン」の世紀 

「アジアン」の世紀―新世代が創る越境文化 (中公新書ラクレ)/亜洲奈 みづほ

今日のアジアブームが他者の手により民族性が弱められた東洋趣味の受容であるとする。
この女性向けアジア、日本風アジア、日本向けに改変したソフトなエスニックを著者は「アジアン」と名付ける。 
そしてこの都市「民俗」リミックス文化が世界的な問題解決のキーになるという。
欧米現代文化=快楽・欲望、奇抜な自己主張、明快さ、人間第一主義。対する純情、湿度と陰影、抑制・奥ゆかしさ・あいまいさ、自然との一体感といったアジアらしさ。 
ここに欧亜のはざまに位置する「中間的他者」としての日本が果たす役割があり、岡倉天心の「東洋文化の本能的な折衷主義」が思い出される。

西国街道

西国街道

宇津木秀甫・原口正三・笹川隆平・島田福雄 向陽書房 (1981.09.01)

西国街道とは京都から九州太宰府までの山陽道のこと。

狭義には京都より西宮まで。

それより西を山陽道と呼ぶ。ここでは山崎から西宮を3章に分けて紹介されている。

今も国道171号線(呼称:イナイチ)となって活躍している。

神戸 震災をこえてきた街ガイド

カラー版 神戸―震災をこえてきた街ガイド (岩波ジュニア新書)/島田 誠

船に関する専門書店「海文堂」の社長だった島田さんと、大阪外大の森栗さん。

神戸っ子が書いた神戸のガイドブックです。ただし、ただの旅行ガイドではない。

目にする全てに震災を乗り越えた物語があります。
「震災で失ったものは少なくないけど、人に出会えたことが財産です」と語る人々。

家を失い、家族や友人を失い、金に苦しみ、制度や都市計画事業に振りまわされてもそこに頑張っている。そうした地元の人々に是非触れあって欲しいという著者の熱い思いが伝わってきます。

ジュニア新書として出ていますが、是非とも多くの人に買って欲しい。

印税が神戸のNGO/NPOの活動資金として全額寄付されるとのこと。