こんなペースじゃ、年内には到底終わりそうにないな~。
☆☆☆
さて。
妊娠が発覚し、産婦人科での検査も無事終了。
出産予定日も【2008年4月1日】とのこと。
ただ、内診で赤ちゃんを確認できなかったこともあったんで、
また1週間後に来てくださいと言われてました。
その後数日間、
妊娠しているとはいえ大した変化もなかったから、
ごくごくフツーに生活しておりました。
次回の診察を楽しみにしながらね。
そして、その週末(たぶん土曜日だったと思う)。
当時私たちが住んでいた広島では、
大きな花火大会が開催予定でした。
私たちも本当なら。
その花火を見に会場に足を運ぼうとしていたのだけど、
嬉しい誤算の、お腹にいる新しい命の為に、
予定を変更し会場に行くのは止め、
家のベランダから見ることにしたのです。
確か、その前日の金曜日だったと思います。
2度目の産婦人科の受診日でした。
実はこの時も、赤ちゃんを確認することができず。。。
くすん。
それでも尿検査の反応はちゃんとあったので、
また来週来てください、と言われました。
赤ちゃんが見えなかったことに若干の不安を感じながらも、
「まだ時期が早いのかもしれないですね~。」
と言ってくださった、先生の言葉を信じ病院を後にしました。
この時7月下旬、
既に梅雨も明けていて、とっても暑かったなぁ。。。
病院での診察の後、ネイルサロンの予約を入れていたワタシ。
その予約の時間まで、まだ余裕があったので、
紀伊国屋に行って涼むことにしました。
モチロン、マタニティコーナーに行き、本を物色。
そしてマタニティ雑誌の王道ではないでしょうかw、
『たまごクラブ』を買ったのを覚えています。
その後のことです。
急に、お腹に違和感を感じたんです。
スグにトイレに行きましたよ。
・・・。
ほんの少しですが、出血がありました。
内診もあったので、そのせいかなと思いつつも、
かなり動揺しました、、、。
(お腹の赤ちゃんは大丈夫だろうか?)
そして、この後の予定のネイルサロンをどうしようかと考えました。
(出血はあったけど、大した量ではないし。。。でも気になる…。)
結局。
何かあっては困るし、サロンの方に迷惑をかけてしまうと思い、
電話でキャンセルしました。
そしてその後、一応産婦人科へもTEL。
出血があった旨を伝えると、電話に出てくれた看護士さんに、
「その状態では、こちらとしても何もできません。
自宅で安静にしていてもらうしかないですね。」
と言われてしまいました。
その言い方にチョット、ムッとしたけど、
確かに看護士さんの言うとおりだよな~、
と思いなおし、即帰宅。
万全を期して、タクシーで帰ったのよw。
自宅に着いてすぐ、ベッドに横になりました。
買ってきた「たまごクラブ」を読みながら、
(赤ちゃん、がんばって!!)
と、時々お腹をさすってみたり。。。
その日の夜、何をしたのか?夕食はどうしたのか?
覚えてないんだけど、本当にほとんど何もしないで
いたんじゃないか思います。。。
肝心の出血のほうは、、、。
止まることはなく、
どちらかといえば少しずつ増えている感じ。
不安なまま、その日の夜を過ごしました。
翌土曜日。
花火大会の日。
実はこの日の昼間も、
どう過ごしていたのかを覚えておらず。
出血も収まることなく、
徐々に増えてたのは覚えているので、
きっと、できる限り何もせず、
ベッドやソファーで過ごしたのではないかと思います。
(お願い、赤ちゃんがんばって!!)
と願いながら。。。
花火が打ちあがる時間になると、
ベランダに用意したイスに座り、
これまた用意したテーブルに出来あいのお惣菜を並べて、
まーさんと花火鑑賞。
食欲もあまりなく、
花火も最初は見ていたんだけど、
途中で見るのをやめてしまったような記憶が。
たぶん、今までで一番楽しくなかった花火じゃないだろうか。
そしてその夜。
就寝中の真夜中、
突然下腹部に激しい激痛を感じ、目が覚めました。
隣で気づかずに寝ているまーさんを起こそうかと思ったけれど、
起こしたところで彼に何もできるわけが無い、
そう思ったので起こすのは止めました。
看護士さんに言われたことを思い出したの。
そのあともワタシ1人、無言で激痛と戦ってました。
イヤ、赤ちゃんと2人でだね。
その痛さの感覚。
今までの生理痛とほぼ同じような痛さではあったんだけど、
それでも、比べ物にならないくらい痛かった。
ベッドの中で、あまりの痛さに体を丸めていないと耐えられない。
(この痛みでお腹の赤ちゃんは、どうなっちゃうの!?)
(いっそのこと、薬を飲んでしまおうか。)
(でもそんなことしたら、
赤ちゃんがダメになっちゃうかもしれない。)
(救急病院に連絡したら、どうにかしてもらえるのだろうか?)
もうホントに色んなことを考えたし、
1人で涙を流しながら、痛みに耐え続け、
赤ちゃんがいるであろうお腹をずっとさすり続けていました。
その痛みと格闘している途中、
かなり出血したというカンジが!
ワタシは思わずトイレに行きました。
・・・やはりかなりの出血があり、呆然としました。
またベッドに戻り、その痛みとの格闘はしばらく続き、、、。
やっと痛みが収まってきたかと思ったら、
外は薄っすらと明るくなりかけていました。
恐らく、朝の5時過ぎくらいだったんじゃないでしょうか。
翌日になっても、出血はモチロン収まることはなく、
むしろ量が増えていました。
もはや、不正出血とかナントカという状態ではなく、
生理になってたんでしょう。
(もうワタシのお腹の中には、赤ちゃんはいないかもしれない。)
それでもなんでも。
月曜日の午前中、万が一を思いこれまたタクシーに乗って、
産婦人科を受診。
ほんの少しの希望を持ちながら。。。
それでも残念なことに、
この時のワタシのお腹にはもう赤ちゃんはいませんでした。
先生にも、生理になってしまいましたね、
というようなことを言われてしまいましたから。
結局ワタシは。
この時のワタシの妊娠は、
【化学(的)流産】という結果に終わってしまいました。
検査薬での反応はあっても、
受精卵が無事に着床できず生理になってしまう、
という状態のことを言うそうです。
実際、この科学的流産、
気づかれないことの方が多いそうなんですが、
ワタシの場合は生理がほとんど遅れたりする事もなかった為、
たまたま気づいた、ということですね。
そんな初期中の初期の妊娠→流産でもやっぱりね。
ワタシのお腹に命が宿っていたということは事実。
(今回は、あまりにも短い期間で、
お空に帰って(帰して)しまったけど、
次は絶対会おうね。)
夏の夜空を見上げながら、心の中で言いました。
ということで。
初めての妊娠は、1週間で終わってしまい、
また振り出しに戻っちゃいました。
だからこの、
【プロローグ】
もまだまだ続くのであります☆
読んでくれて1009☆
