今の時代、平均寿命80歳と言われます。

 

80歳までを日にすると 29200日
少し分割すると

そのうち


0歳~20歳(成人)   7300日
20歳~65歳(引退) 16425日
65歳~80歳(寿命)  5325日


80歳までを
時間     700800時間
分     42048000分
秒   2522880000秒

 


いつの季節にうまれるかによりますが、
おおよそ四季でたとえる


春、夏、秋、冬  各80回


こうみると、まさに
時間=命
と改めて思います。

この時間を生きる上で、私たちは様々な経験をします。
嬉しいこと
辛いこと
悲しいこと


約半世紀生きてきて、私見ですが、私が思うのは、
自分のために、いわゆる私利私欲だけで

人生を生きると
自分の時間だけを見て生きていくと、

返ってしんどいと、日々が辛いと感じる

ことが多いです。

 

なかなか人生は、自分の思うように

いかないもの
いろいろな試練、思い通りにならない

ことも多いです。

 


よく言われるのが、「感謝」

をもって生きていくと

人生観が
かわると言われます。

 


この「感謝」をもつという意識の一つとして、


時間というものを、

どこまで意識して見るか、

気づくかという

 

ことで、今ある自分というものが、

 

「奇跡の連続で存在している」

 

ということに改めて気づかされます。

 

 

そこには、まさに

「命のリレー」で私たちは今、

生きている、存在している。

 

 

人が一人存在するには、必ず2人の人が必要となります。

 

自分のご先祖様を10代さかのぼると

 1024人
※1代 30年とみても、300年前

 (江戸時代)

 

20代さかのぼると  

1048576人
※600年前 (室町時代)

 


ご先祖様、一人一人、それぞれの

人生やドラマがあったはずです。
時代も、今よりも過酷であったことは間違いないのではないでしょうか。

 


今生きている自分は、

こうした多くのご先祖様の

命のリレーによって
存在しています。

一人かけても、誰かがもし犯罪などその後、

背負い続ける
ことを犯したりすると未来においてずっと

そうしたもの

を背負うことになることもあります。

 

 

命のリレーとは、まさに奇跡の連続であり、
私たちが今存在するのは、

本当にすごいことです。

 


さて、私も今自分の時間を生きていますが、

私自身も未来を考えると
この命のリレーの継承人であり、

未来へつなぐための使命と責任があります。

 


そう考えると、

自分の命=時間は自分のものだけではない。
自分の力だけで生きているのではない。。。。とも言えます。

 

 

命が誕生し、生きるということは、

それだけで奇跡的なことでもあります。

 

人生はそれぞれの人のドラマと言われ、

確かにいろいろなことがあります。
それは共通ではありません。


しかし、授かった命は、誰もに言えることは、共通した唯一絶対的な価値です。

 


社会は、時代はその時代時代によって

変わります。
それとともに価値も、常識も

時代によって変わります。
今の常識は、江戸時代とは違います。

 

 

今の時代、

競争、学歴、お金、ぜいたく品などなど、
社会的な時代的な価値から

うまれるものばかりを

私利私欲で追い求めることが強い時代。


自分の私利私欲や大事な

価値を追いかけることは

決して悪いことではないところもあります。

 


しかし、こうした誰もに共通する
命のリレーのような

絶対的な価値や自尊心をしっかりと気づき、

考えて、
自分の時間を命を生きることは、

もっと大事ではないかと最近思います。

 


どれだけの多くのご先祖様の

命のリレーで今の自分があるか。。。。



そして、自分もこれからの

未来の人に対して、

その命を継承する使命がある
そう思うと、
日々の生き方、自分の時間の

使い方もいろいろと考えていきます。

 


「感謝」とともに「使命」まさに、

字のとおり、自分の命を使う(=時間を使う)

 


日々のつらいこと、苦しいこと、

人の比較、思い通りにならないことなど
いろいろとしんどいこともありますが、

そうしたときに、

ふと、こうした命のリレーへの

感謝と使命を思うと、

自分の生き方においていろいろと

思えるように思います。

 

 

これも、見ようと思えば、

気づこうと思えば、

見えること、気づくこと


結局、自分次第、自分の意識次第

とも言えます。

 


結局、自分のことばかり考えると、

生きるのがしんどくなります。
そんなことを、最近、意識してきました。