「ウソも方便」という言葉があるように、時には「ウソ」をつかなければいけない場面もあります。「ウソ」に関しては2種類あると考えています。


○相手をほめるウソ
×相手に損させるウソ


私がセミナーをやっているとき、時々、答えに窮する鋭い質問を受けることがあります。それは鋭いというより、嫌味な質問と言い換えてもいいかもしれません。こちらが窮することをわかった上で、意図的に質問してくるケースがあるのです。


このような時、私はこのように返します。


「いまの質問、すばらしいです。先日、○○で有名なS社の役員会に出席したのですが、そのとき企画担当役員の方から同じ質問をいただきました。かなりするどい質問ですので、いますぐ手短に返答することはできません。のちほどでよろしいでしょうか」


S社の企画担当役員の話はウソです。

しかし、これをいわれた質問者は悪い気はしないでしょう。

 

「そうか、オレの視点はS社の役員と同じくらいするどいんだ」と、自分の見識に自信をもちます。そうすると「講師を困らせてやれ!」というような悪意はどこかに消え、「この講師は自分をほめてくれる」という潜在意識をうえつけることができます。


人間、ほめてくれる相手には攻撃しづらいものです。あえて相手をほめるウソをつくことによって、自分にドロが降りかかってくるのを避けるのです。
 

逆に危険なのが「相手を損させるウソ」です。
 

わかりやすいのは「投資」などお金に関するウソです。中にはインサイダー的な情報を聞き出そうとする悪意を持った人物もいます。そのような人物にいくら悪意を持っているからといって「○○社からリコールの届け出があったらしいぞ」というようなウソはついてはいけません。

 

ウソがばれたとき、相手は損をしてしまいます。

相手に「実害」が生まれてしまいますので、その恨みの根っこはとても深いものになります。いずれ自分たちに手痛いしっぺ返しがくることでしょう。


他にも「相手を貶めるウソ」や「他人をバカにするウソ」、それに「自分を誇示するウソ」もついてはいけません。相手や他人だけでなく、自分にウソをついてまで大きく見せることも、相手に実害をおよぼす可能性が高くなるのです。


私は「ウソ」自体は決して悪いものだとは考えていません。

重要なことは、相手をよろこばせるために「ウソ」をつかっているかどうかなのです。

 


17冊目、「バズる文章」のつくり方(WAVE出版)を上梓しました。

尾藤克之(BITO Katsuyuki)
コラムニスト、著述家、明治大学客員研究員