見た目の読みやすさというものがあります。

つまり、第一印象のことです。


文章を書くにあたっては、特に「書き出し」に気をつけなくてはいけません。音楽でいえば「最初の10秒」、お笑いの「最初の10秒」なども同じです。

 

この10秒は、相手の期待感を育てる重要な役割を担っています。書き出しを調べるなら、最初は文学作品を参考にしてみましょう。


飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。蝿よりも小さな虫は、目の前をしばらく旋回して暗い部屋の隅へと見えなくなった。
(村上龍『限りなく透明に近いブルー』)

 

村上龍のデビュー作『限りなく透明に近いブルー』の書き出しは、「音」の効果を巧みにつかっています。飛行機の音は蝿に姿を変えてやがて見えなくなっていきます。

 

これは、スタンフォード大学の文学評論家、文学史家のイアン・ワット(IanWatt)が明らかにした「解読の遅れ」というものです。最初に姿を提示しないことでリアルな風景をイメージさせる技法として知られています。

 

朝、目を覚ますということは、いつもあることで、別に変ったことではありません。しかし、何か変なのでしょう? 何かしら変なのです。
(安部公房『壁』)

 

安部公房は、三島由紀夫らとともに第二次戦後派の作家と評価され、晩年はノーベル文学賞の候補にもなった作家です。

 

『壁』は中編・短編集で、3部(6編)からなるオムニバス形式の作品集です。

 

この作品では、「目を覚ましました」という書き出しで始まります。さらに、「何か変なのでしょう? 何かしら変なのです」と、何かが起こりそうなことを示唆しています。


文学作品の書き出しにはさまざまなテクニックが隠されています。

書き出しを読むだけでもヒントが見つかるはずです。

 


いつもお読みいただき有難うございます!

尾藤克之(BITO Katsuyuki)
コラムニスト、明治大学客員研究員

16冊目の著書。「頭がいい人の読書術」(すばる舎)を上梓しました。