「がんに立ち向かうには、どうすればいいでしょうか」。健康なときにはなかなか意識しないこの問題は、がん告知を受けたとき、また、がん治療がスタートしてからも、患者やその家族を大いに悩ませます。そして、悩み抜いた末に「孤独」に陥ってしまう人も少なくありません。

 

今回は消化器内科・腫瘍内科医師の押川勝太郎さんに、事前の準備により被害を最小にし、生活を復興させる「がん防災」という考え方について伺います。押川さんは抗がん剤治療と緩和療法が専門で、2002年、宮崎大学付属病院第一内科で消化器がん抗がん剤治療部門を立ち上げ、2009年、宮崎県全体を対象とした患者会を設立しています。

 

■「がん防災」とは何なのか?

押川さんには「がんに対する間違った認識が広まっている」ことへの懸念があり、どうにか是正しなければいけないという目的意識があったそうです。現在、がんは生涯で2人に1人がかかると言われています。すでに、がんは特別な病気ではありません。

 

「例えば、がんの半分以上は原因不明で予防不可能であることを知らない人が多いことが挙げられます。がんの原因は結構知られていますが、予防可能な原因だけをピックアップしているだけということを知らない人が多いのです。また、4人家族で全員が生涯、がんにならずに済む確率は実は計算上6%ぐらいしかありません。ご自身はもちろん、身近な家族も考えるとひとごとではありません」(押川さん)

 

「高齢になるほど罹患(りかん)率は上がりますが、予防に熱心でも自分が発病すると思っていないので発病時の準備がなく、皆、パニックになりやすいという傾向もあります。結果、不適切な治療に走る原因にもなりやすい特徴があります。突然やって来るという意味では、がんは『天災』と同じです。そのため、『がん防災』という考え方が必要ではないかと考えるようになりました」

 

押川さんによると「防災」の定義は予防だけでなく、被災時の被害拡大防止から復興支援まで含みます。さらに、サバイバーの就労支援なども含むとのことです。

 

「学校での子どものがん教育が公式に始まっていますが、『大人のがん教育』は放置されています。がんの話題に近づきたくない人でも『防災訓練』なら抵抗が少ないと思いました。企業の担当者に営業活動に行った人の話によると『がん防災』という言葉ですぐ理解してもらえるようで、健常者にも分かりやすいこの言葉は今後広まっていくものと確信しています」

 

「今回、(一社)『がんと働く応援団』という団体から、がん防災マニュアル作成の話があり、がんサバイバーが10人ほど集まって、私が6カ月ほどをかけて作成し、監修までを行いました。

 

若尾文彦先生(がん情報サービスのセンター長)、大須賀覚先生(がん研究者、アラバマ大学バーミンハム校助教授)ら専門家、多数のサバイバーの協力を得て作成しました」

 

マニュアルは、がんとがん治療人生の全体像がざっくり理解できる内容に仕上がっています。これまで、がん全体を俯瞰(ふかん)できる小冊子はほとんどありませんでした。普段の備え編と、いざというとき編の28ページにまとめて読みやすくしたところ、冊子版は配布4日目で、初版8000部があっという間にはけてしまったそうです(無料PDFは継続配布中)。

 

■正しい情報を入手しよう

押川さんは「生活習慣を変えることでリスクを減らすことができる」と言います。そのためには、禁煙、節酒、食生活、適正体重、適切な運動の5つの指標でチェックが必要になります。

 

「喫煙によって、肺がん、食道がん、すい臓がん、胃がん、大腸がんなどさまざまながんのリスクを高めます。吸う人には近寄らないことです。飲酒によって、食道がん、大腸がん、肝がんのリスクが高まりますから、お酒もほどほどにしなければいけません。野菜と果物の1日の目安は400グラム以上です。塩分の1日の目安は男性8グラム、女性7グラムまでです。熱すぎる飲食物は食道がんの原因となります」

 

「太りすぎはよくないですが、やせすぎもがんの死亡リスクを上げます。適正体重を維持するようにしましょう。また、毎日60分程度の歩行+週に1回60分程度の息が弾む運動をしましょう。適切な運動をすることで、特に大腸がんのリスクを低下させることができます」

 

さらに、押川さんは早期発見の重要性を主張します。生存率が非常に高いからです。

 

「早期発見では治療費などのお金の負担も減ります。ぜひ早めに発見し、治療を行ってほしいです。最近はコロナ禍で検診控えも多いですが、間を空けると、がんが大きくなるリスクもあり心配です。感染対策を万全にして定期検診を受けましょう。また、受診すれば、がんによる死亡率が確実に下がるという検診を国が5つ定め、受診を推奨しています」

 

「大腸がんの便潜血検査を行うと、40代、50代の大腸がんの死亡率が70%低下すると言われています。国が定めるがん検診は胃がん検診、大腸がん検診、肺がん検診、乳がん検診、子宮頸(けい)がん検診の5つになります。お勤め先の定期検診や人間ドック、お住まいの自治体でのがん検診などいくつかの方法があります。検査費やクーポン券も自治体により異なります」

 

ネットのがん情報は玉石混交です。このマニュアルには怪しい治療の見分け方、治療と仕事の相談先についてもまとめています。厚労省の「がん患者の就労や就労支援に関する現状について(2016)」※1)では、勤務者の34%が依願退職・解雇され、自営業者の17%が廃業している現状が明らかにされています。この機会に、正しい情報について理解しておきましょう。

 

Yahooニュース(2021年4月26日)で読むことができます。リンク切れの場合は元記事オトナンサー(配信元)をお読みください。

 


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尾藤克之(BITO Katsuyuki)
コラムニスト、明治大学客員研究員

16冊目の著書。「頭がいい人の読書術」(すばる舎)を上梓しました。