T議員は当選四回を数える若手のホープとして期待されています。まだ経験が浅いにも関わらず、常任委員長を歴任して、若いながらも組閣の時期になるとたびたび名前が挙がってくる将来を嘱望された政治家です。そんなT議員の事務所はハードワークで有名です。


T議員は、早朝のランニングや犬の散歩をルーティンとしているため、担当秘書の起床は非常に早いものになります。早朝のランニングや犬の散歩に付き合わなくてはいけませんから、運転手として起床は四時。五時半には議員宿舎に到着していなくてはいけません。


日中は精力的に仕事を進め、夜には後援会や関係者との会食など、分単位でのスケジュールをこなさなくてはいけません。担当秘書は毎晩遅い時間に先生を送り届けてから帰るので、就寝は午前1時を過ぎます。ブラック企業並みのハードさです。


さらにT議員は、気性の難しい面があり、幾人もの秘書が事務所に入っても、数カ月と持たずに離職していました。昨年は20人以上の秘書が退職しています。T議員の秘書として、Sさんが採用されたのは1年前でした。1カ月も持たないだろうと周囲は踏んでいました。


当初、Sさんはまったく評価されていませんでした。ところが、最近は、同行秘書として期待を掛けられるほど「出世」しました。なぜでしょうか? 今までの秘書とは何が違うのでしょうか?
 

Sさんは「かゆいところに手が届く」存在だったのです。


T議員は、毎朝、出勤する前に主要各紙に目を通すのが日課でした。T議員の専門は、厚生労働分野でしたが、新聞を渡す前に自らが全ての記事に目を通していて、今の委員会で役立ちそうなところに付箋を貼っていたのです。


T議員は付箋が貼られている箇所について質問します。「若い社員のミスマッチってどんな意味だ?」「何で苦労して入ったのに会社を辞めるんだ」と、トーストを頬張りながら、矢継ぎ早に質問してきます。

 

「本日の委員会は若者の早期離職がテーマだったと思います。企業が伝える情報と現実に差がありすぎてしまい、若者が入社してもすぐに辞めてしまうのです。例えば、ブラック企業が『当社はブラック企業です』とは言いませんよね。このような現象をミスマッチと言います」


T議員は「なるほど」とうなずきます。このように説明すれば「こいつはソツがない」と思われることでしょう。「ソツがない=気が利く」、と思わせたら評価はうなぎ上りです。

 

戦国時代の話になりますが、豊臣秀吉は毛利家の支配下にある備中高松城を攻撃した際、ほぼ勝利は目に見えているにも関わらず、織田信長に援軍を依頼したとされています。
 

「信長様のご威光がなければ勝利することはできません。どうぞお助けください」
 

普通なら、上司の手を借りずに手柄を自分のものとして上司にアピールしたいところです。そこは、さすがは知将と呼ばれる豊臣秀吉。計算された凄さがあります。


戦略に長けていた織田信長のことです。戦況を分析すれば、勝利が目前にあることが理解できたことと思います。ところが信長に最後の仕上げをお願いし、他の武将へのインパクトやそ後の成果を予想した秀吉は一歩先を読んでいました。


あなたの会社にはいませんか? 社内で大きな仕事を受注してきたときなど、「オレの力で受注してきた」「この受注のためにかなりの時間を費やした」とさんざん苦労話をする人が。

 

そのようなときこそ謙虚になって、手柄を上司に譲ってしまうのです。「ソツがない=気が利く」と思いませんか。自分が取ってきた仕事であっても、上司に譲りましょう。それがめぐりめぐって自分に返ってきます。


仕事は3つの要素で構成されます。実力、運、そして上司。運は自分でコントロールできませんが、実力と上司はできるはずです。実力で取ってきた手柄を上司に与え、上司との関係を構築しましょう。

 

本日のまとめ!
・上司にとって、「かゆいところに手が届く」存在になる。
・成果が大きければ大きいほど上司に手柄を譲る。
・気が利く部下はリストラとは無縁になる。

 


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尾藤克之(BITO Katsuyuki)
コラムニスト、明治大学客員研究員

16冊目の著書。「頭がいい人の読書術」(すばる舎)を上梓しました。