補足:携挙とは、キリスト教における信者たちが死後にキリストによって天に連れて行かれることを指します。
私は、携挙を生身の体が死んだ後に起こる出来事と理解していましたので、生きている間に起こる生死については、全く感知していませんでした。
教会で歌う賛美の中にも、「主を待ち望む」というフレーズがありますし、クリスチャンにとっては常識であることとして、あまり深く考えたり、追及しませんでした。
そして、教会をやめることと、信仰から離れることを他のクリスチャン達に告白して、「携挙」というものが何を意味するのか理解したのです。
私にとって、教会を離脱して、信仰を離れることが、生身より根深い魂の死を意味していましたので、私にとっては携挙は必要ありませんでしたが、彼らにとって、死に伴う携挙が、その場で現れていたのです。
その場に居合わせたクリスチャンも、その状況をよく理解したようでした。
つまり、その場で信仰から離れる者に寄り添うべきか、それ以上、その者と関わらないか、居合わせた人たちの魂レベ ルで、葛藤や選択を迫られていたのでした。そしてこの状態、その結果こそが携挙だったのです。