洗礼を受けなくてもいい | 元キリスト教信者の告白・クリスチャンやめました。

元キリスト教信者の告白・クリスチャンやめました。

長い間信仰生活を続けていましたが、不信感が積もり、とうとう耐えきれなくなってキリスト教をやめました。

洗礼を受けなければ天国に行けないとか、洗礼を受けなければ救われないとか、洗礼を受けない人たちが真理にたどり着けないと思っているクリスチャン達が本当に多いのですが、びっくりするくらい勘違いです。洗礼に代わって洗脳にならないことを願います。

 

自分は家族に「騙されたつもりで受けてみたら?」と言われて、言われるがまま本当に騙されて受けたのですが、正直に何か変わったことが起きたわけではないし、それによって特別な報酬を得たわけでもありません。

 

試しに洗礼を受けて、実感したことを書き出してみます。

 

・過去のしがらみを忘れてリフレッシュした気分になれる。

・周囲と一体感が生まれる。周囲から教会員と認めてもらえる。

・聖餐式でサイコロの形に切ったパンと、キャップ一杯くらいのぶどうジュースがもらえる。

・洗礼を受けても信仰がなくなる。

 

真実というのは、宗教の枠を超えた、誰にでも開かれているものです。キリスト教だけに伝わる秘密があるわけではないし、

感謝の気持ちを忘れないこととか、親切にしてもらった恩返しをすることとか、そういった知恵について自分たちに惜しみなく語ってくれたおじいちゃんおばあちゃんたちでも、今では天国にいます。

 

対して、自分の場合は洗礼を受ける前と後では救いとは逆効果。献金の額を増やしたり、奉仕の量を増やしたりして心理的な負担が増え、信仰がなくなり、教会を離れ地獄にまっしぐらに進むという、洗礼を受けて、救いに繋がらない悪い見本になりました。