クリスチャンは賭け事は一切しません。それは世の中の人たちがそうであるように、賭け事にのめり込む人たちが金銭的にも、弱く、性格的にだらしなく思えるからです。
自分が初めて賭けをした日のこと、職場で上司が今日は勝てるレースがあるから賭けてみないか?と言って、話を持ちかけてきました。賭けをするのは初めてなんだけど、大丈夫ですか?と聞くと、大丈夫だというので、それならといって少額だけ渡しました。
後になって、少し増えて返ってきたのですが、別になくなってもいいと思える金額です。手渡しの時に上司は自分のことをとても喜んでいたそうです。
思うのですが、上司とのこのやり取り、キリスト教の神を信じていたときの信仰心とあまり大差ないのですね。
絶対に大丈夫。だから私についてきなさい、という目に見えない自信に、それならばといって自分の人生を少額差し出す。そして神はそんな私を喜んでくださる。
確かに人の心は、ハマってしまうと後にも支払えないくらい高額を賭けるほど、弱いものですが、
だからこそ、確証をもって捧げるものは、人も相手も強くして、生きる喜びを与えてくれるのだと思います。
なんの話でしたっけ...賭け事の話でございます。