3月が終わった。
2月の末にはこんな1ヶ月になるとは思わなかった。
中盤までは普通の、ごくごく普通の日常だった。
2月の末に私はスマホを機種変し、母は朝からすごい勢いで掃除機をかけ、父はとにかく何かと運転。
近々こんな幸せな平凡な日常が終わるのだろうとは思ってはいたが、突然終わるとは思わなかった。
母が倒れた日、わたしは髪を切りに行き、歯医者に夕方行くという母に合わせてカレーを作り、いつも通り配信の映画を見て過ごしていた。
母が玄関を出て行く姿を見たので、てっきり両親で行ったのだと思って普通に「行ってらっしゃい」と声をかけたのだが、母は無言で出て行った。
それが私が見た、元気な母の最後の姿だった。
歩いて歯医者に行った帰り、スーパーに寄った母は嘔吐した後に倒れて搬送された。
最初に父が連絡を受けた時、わたしはてっきり倒れた衝撃で頭を切って血まみれになったのだと思っていたのだ。
それが実際はもっと深刻だった。
もう母の脳内はすでに大量に出血して、手遅れだったのだ。
手術中だが時間もかかるし家にいろと父に言われて待機していたが、病院のナースに「今すぐに来い」と言われて慌てて病院に駆けつけ、母は一度心停止になりながらも一命を取り留めた。
それから2週間、私と父はほぼ毎日見舞いに行き、2人で何とか日常を紡いだ。
意識を取り戻すことを祈り、ネットで少しでもいい情報がないかと探ったが、月日が経つにつれてもう助からないのだと腹を括るようになり始めた。
それでも症状の緩和で一般病棟へ移動したのだが、転院するにも呼吸器を外すという説明を受けた。
自己呼吸はしているものの、補助の呼吸器を外さなければならない。
それを外して呼吸できない時は延命しないでほしいと伝えた。
そして翌日、母は逝った。
2週間の間に一度危ない状態になって慌てて病院に行った時はひどく狼狽したが、最後はだいぶ落ち着いて対応できた。
それから葬儀を済ませて、片付けと雑務に追われて、気づけば4月になった。
これから病院の支払い、保険の請求と解約、あと家の名義変更がある。
落ち着いたら、母と出かけた店に行って母の死ともっと向き合っていきたいと思う。