一昨日、意識不明だった母が亡くなった。
76歳。
後期高齢者になったばかりの、女性の平均寿命には全く届かない、早い死だった。
思えばここ数年の私は、こうなることを本能的に分かっていたのだと思う。
同世代がとっくの昔に自立して家庭を築いている中、私は50歳間際の今日まで、ずっと実家で両親の元でぬくぬく生きてきた。
仕事はしていても、帰宅すれば家事全般を担う母の料理を食べ、洗濯してもらい、ずっとまるで童話の「アリとキリギリス」のキリギリスのように生活してきた。
そんな中、両親、特に母の近年の老いの速さは目をそらすことが出来ないほどだった。
あんなにスタスタ歩けていた母が、まるで別人のように足が遅くなり、季節の変わり目には花粉症が悪化して目の周辺を腫らすようになった。
昔は皮膚が荒れることなどなかったのに、抵抗力が日に日に弱まっていたことは明らかだった。
両親との日々が長くは無いことを感じ、近年は高級旅館に両親を招待し、母の日や誕生日には毎年ごちそうしたり現金も渡し、私なりに親孝行もしてきた。
料理も休みの日は作るようにして、母が倒れた日もカレーを作り、歯医者で遅くなるからという言葉を信じて遅めに作って母を待ったが、結局母は帰って来なかった。
それでもそのまま死んでいてもおかしくないという状況で心停止までしながら、母はこの2週間あまり意識不明ではあったものの確かに生きていた。
おかげで私は母に言えなかった、母への感謝の言葉も述べられた。
母が居なくなった家で、私は父を看取るまで頑張らなければならない。
残高はかなり目減りしていたが、健康に気をつけて家を守っていこうと思う。