昨日の記事にも
「人生の大きな転機には、確信に近い想いがある。」
と書きましたが、2番目の旦那さんとの出会いは、
私にとって「母になれ」ということだったのだと思います。
本当にね。
好きじゃなかったんです、子ども、というか赤ちゃん。
ただ泣くだけの無機物的なイメージを持っていたかもしれません。
小さいんだから、コミュニケーションなんて取れないし、わからないしわかりあえない。
弟に娘が産まれていたので、
「私はこの子(姪っ子)を楽しみつつ、できるだけのことをして育てるから、私は子どもは産まないわ。」
と言っていたのです。
そんな私が、
突然です。
「子どもを産もう!」
って思ったんです。
まあ、奇跡じゃないでしょうか。(笑)
それからです。
あんなに好きだった仕事が全く楽しくなくなったり。
あんなに好きだった東京に未練が全くなくなったり。
もうそうするしか道がないというくらい、
自分が子供を産むことに向かっていきました。
人生に何回か大きな転機があったと書きましたが、この時もその一つ。
思い返してみれば、結婚するということより、子どもを産むということが私のやるべきことだったのだと思います。
そして33歳の夏、2度目の結婚をしました。
その時はまだ東京にいましたが、誰も知らない大阪に行くことや、あんなに大好きだった仕事をやめること、そういうことすべてに躊躇はありませんでした。
特に仕事に関しては、自分の中にやり切ったという想いが強くあったので、本当にきれいさっぱりという感じで引退しました。
こういう時の潔さと言うか、竹を割るようにぴしゃっと区切るやり方は、我ながら男らしいというか(笑)、私の良さの一つでもあるなと思います。
ただ、子どもを産むまで、本当にわがままに自分の好きなように生きてきたので、あれだけ好きだった仕事を「やりきった」という感覚が持てないまま子育てに入っていたら、あんなに楽しんで愛おしいと思って子どもに向きあえなかったと思うのです。
息子が産まれた時、主演で活躍していたアイドル女優さんが、年を取って脇役に回るようになるみたいだと思いました。
今まで自分に当たっていたスポットライトが、次は息子に当たって、彼が輝くように周りから支えていくみたいな感じ。(笑)
でもそれが全然嫌ではなかったし、今考えれば、そういう気持ちで子育てに向かう時間が私には必要だったんだと思います。
人としても未熟だった私を、子ども達が少しずつ親にしてくれた。
そう思っています。
その4に続く。