太陽が地平線に沈み、夜の闇があたりを包む頃。

 窓に明かりが灯った工房の前に、一台の車が停まった。


 最初に車を降りた若い女性が、大きくのびをして後ろを振り返る。

「全然変わってないわね」

 工房を眺めながら、マリー・ガーランドは懐かしげな表情を浮かべた。

 微笑む彼女の視線の先には、彼女より少し遅れて車を降りた、剽悍な雰囲気を漂わせる男が立っている。

「中はちょいと、変わってるぞ?」


 彼女に応えたケイクの顔には、いたずら小僧のような笑みが浮かんでいた。

「そう……。でも、やっぱりここは変わらないわ」
「ああ、そうだな」

 ここも、私の我が家。

 マリーの顔が、そう語っている。

 ケイクもやわらかな笑みを浮かべてうなずいた。

 二人は工房のドアを開けて中に入っていった。

 重い樫の木で出来たドアが、きしむ音を立てて開く。
 室内の喧騒が止み、開かれた扉へと視線が注がれる。
 しかし、沈黙も束の間のこと。
 入ってきた人物に気づいた途端、歓声が室内に爆発した。
 
「よぉ~~~! マリーィ~~~!」

 最初に口火を切ったのは、無精ひげを生やした中年の男。
 普段の彼からは想像もつかぬような、満面の笑みを浮かべている。

「ロン!」 

 マリーの声に応えるかのように、ロンは大きく両手を開いた。
 「カモ~ン」のポーズで、マリーを出迎える。
 マリーはしっぽを振って母犬に飛びつく子犬のように、ロンの胸に飛び込んだ。

「会いたかったぜぇ」
「わたしだって!」

 両腕で力の限りロンにしがみ付いたマリーは、ロンの両頬にキスしまくった。
 まるでロンの娘かと見間違う程の光景だが、これはロンに限った事ではない。

「マリーィ~~~~~~~~!」

 ジェット戦闘機の如く奥のキッチンから飛び出してきたママが、ロンを吹き飛ばしてマリーに抱きついた。

「ママァ~~~!」

 ママの後にも、工房にいた皆が入れかわり立ちかわり、マリーのもとへ押しかける。

 そしてある者はやさしく、またある者は力いっぱい彼女を抱きしめ、マリーとの再会を喜びあった。

 皆の歓迎をひとしきり受けてから、マリーは一息つくとあたりを見回した。
 工房の変化にようやく気づいたマリーが、驚きの声をあげる。

「凄い! ステージが出来てる!」


 マリーの驚いた顔に満足げな表情を浮かべて、ママが大きくうなずいた。


「そうなのよ。ロンとパパが、二人で造ったの。凄いでしょ?
 ほらほらあなた達、ぼ~としてないで。何か演奏してみせて」

「そのつもりなんだけど……。キーボードとベースがね……」

 ママに促されたものの、残念そうにスピード・キングが呟く。
 その時、ケイクがニコラを指差した。

「キーボードなら、そこに名演奏者がいるだろ?」

 予想もしていなかったスピード・キングが、思わずニコラを見つめる。
 ニコラは動じた様子もなく、穏やかに笑みを浮かべたままだ。


「ベースもほれ」


 ケイクは自分が持ってきたベースを、後ろに腰掛けていたアドバンに手渡した。