8月某日
現実逃避の如く最近はAmebaのマンガ読んでて、特に0円チケットで7時と19時に3話ずつ読める「隣の席の、五十嵐くん。」という作品にハマって
7時と19時になった瞬間に読み出す有り様www
時々意地悪い描写があって、それっておそらく子供だからうまく隠せない悪気なく残酷な面なんだろうけど。内気で大人しい主人公がそんな悪意をぶつけられるのはお母さん目線で見守ってるワタクシには「ぶっ飛ばすぞお前ら」案件。
ワタクシが主人公の友達だったらお前らもうボッコボコよ
と思いながら読んでます。
それはそれとしても
いやー
恋に慣れてないむすめっこの初々しい感じが
イイ
因みにワタクシにそんな
「ゆっくり、ちょっとずつ恋をする」
なんて甘酸っぱい思い出はない。
何故なら
好きになったらもう近日中には本人に突撃しにいってしまうから「秘めた思い」とか
ない
恋はいつでも初舞台
もう一度高校生に戻れるなら、今度はそんな恋をしてみたいもんだ。「放課後の校庭を走る君がいた。遠くで僕はいつでも君を探してた」的な。
そういえば高校卒業時に寄せ書きをしてもらったサイン帳的なものがこの荷物の整理中に見つかり読み直してたんですが
高校に入学した頃から卒業までの三年間仲良くしてた男友達がいましてね。
顔も整い系で年の割に物腰や仕草が柔らかく、そのくせ飄々としていたもんだから、彼にときめいていた子結構おりました。
でもね、どんだけ彼がいいおとこちゃんだったとしても、恋には育たなかったんです。
ワタクシも彼も好きな異性のタイプが全くの別ベクトルだったんで。
彼はワタクシの友達の「女の子」って感じの守ってあげたくなるタイプの子とお付き合いしていたし、ワタクシもワタクシで大概イカれた付き合ってる人いたし。とりあえず付き合っていた人の事で覚えてることといえば孔雀を飼っていて「マハラジャ」とワタクシのツレ達に呼ばれてた事くらいです。
彼にも「好みの問題だからあんまり言いたくないけどはっしぃちゃんさあ、マハラジャの何が好きなの?孔雀の羽根を「俺は金持ちだ」って言いながらプレゼントしてくる男はどうかと思うよ?」と軽く窘められました。うん、今なら絶対付き合わない。
お互いに相手をなんとも思わないのが良かったのでしょうな、彼とワタクシ。
「異性の好みを外れると人間的に合いさえすればオールオッケー」と理解しました。
男女間の友情はそこに「異性」の「意識」が芽生えたらきっとダメ。
高校卒業後、ワタクシは関西の大学に進学することになってたからなかなか会えなくなるしサイン帳も気合い入れて書いてくれよと皆にお願いしていたなか、彼はお手本みたいにそれはそれは綺麗な字で漢詩を書いてくれました。
『送元二使安西』(王維「元二の安西に使いを送る」友人との別れを詠んだものです。)を。
18歳だぜ?送別の言葉に七言絶句の漢詩を出してきたぞこのティーンエイジャー
ネット社会で簡単に訳すことが出来るようになるまで別れを惜しんでくれてるとかさっぱり分からなかったんですがね、ワタクシはそこまで読解力がなくて。
彼とは高校卒業後は会うことはなかったけど折々(年賀状とか)に近況報告してて、大学時代も社会人時代もほそーくながーくやりとりは続いていたんですけど
丁度2人ともほぼ同じタイミングで結婚して、そしたら疎遠になりました。
結婚報告だけしたけれど、それ以後年賀状もなんか出すの控えるようになって、それは彼も同じだったようであれからかれこれ18年。今は一体どうしていることやら。
「男女間の友情はある」とか自信満々に言えるけど、それを果たしてお互いの配偶者や家族はそのまま受け止めてくれるか?そう思うとそっと疎遠になっていくことが正しかったんじゃないかな、と思うんです。寂しいけど。
元気で、家族仲良く暮らしてくれてたらいいや。幸せにやっていてくれ。友よ。
と、サイン帳の漢詩を読み返しながらずいぶん長いこと思い出していなかった彼を懐かしみました。
西の方角,陽関を出てしまえば,もう旧友(親しい友)もいないだろうから
18のあの頃に、周りとは「また会おうね」と軽く別れの言葉を繰り返していたなかで「きっともう会うことはないだろう」と思いながらあの言葉をくれたんだろうな、彼だけは。
一体どんな大人になったんだろう。
なお、ワタクシはほぼ個性や生きざまはあの頃となんら変わらないまま年だけ30年近くとってしまったよ
とんだ大人になっちまったもんだ…会わせる顔がない的な感じやな、これ