…の相談を受けました。


留学生会館に住むインドネシア人の方の結婚のお祝いのため。。。

内輪でお祝いパーティーするつもりで、

ケーキを作る約束を軽い気持ちでOKしたそうな。。


でも、なんだか、だんだん、素敵なきれいなものが必要になってきたみたい。。。

「家庭用ケーキなら焼いたことあるけど、きれいなのは知らない。。

どうしたらいい?」と、トゥルクメン人の友人に聞かれました。



でも、インドネシアのウェディング・ケーキって…どんなの?


やっぱり、一応、二段になってて。。。

華やからしいです。



先日、たまたま見た製菓用品店では、2段のケーキ用の「台」あったけど。。。
それが無い場合、下のケーキは固めのスポンジ、上のケーキは軽いスポンジで、
そのまま重ねちゃうってのも…あり?


しかし、何人集まるんだろう。。。

天板2枚使って焼いて、重ねたって、大人数じゃ、足りなさそう。

卵10個でも足りなさそう。。。。
生クリームは2リットルくらい使うのか。。。。?


家庭用ケーキしか作った事無くてもできるデコレーションだと。。


下の台はスポンジ系で、その上にプチシューのスワンを飾ったり。。?

サイドの方にマカロンみたいのを貼りつけて飾ったり。。。?

てんこ盛りでフルーツ使ったら高いから。。

お花とか、 アイシングで飾ったクッキー載せたりしたらいいのか。。。?

いろいろ妄想中です。

先日、ある方の秘密のコンサートに招待されました。

初めて聴きました。

「一曲目はケルトの曲です。」との説明を聞き、

ずいぶん前から「ケルト」には興味があったので、なんだか嬉しかったです。

生ギターの音が鳴り出したとたん、会場にふわっとした空気が流れだし。。。。

その丸くなった空気が、風に乗り漂い出した感じがしました。

某有名ギタリストさんの曲は、張り詰めた透明感のある風が吹いてくる感じですが、

今日のギターの音色は、なんだか…もっと…、「丸い」感じです。

水の泡が、流れの中で浮き沈みして踊っていくような…

せせらぎから、激しいさざなみとなった中も、くるくる回って流れていくような…

時には、シャボン玉のようになり…、

光を反射しながらやわらかな風に乗って、ふわふわ浮かんでいくような…

また、時には、

まあるいひかりが、ゆらゆらしながら、大きくなったり小さくなったり、

時々ゆらぎながらもふわふわはずんでいるようなイメージが、

曲を聴いている間、ずっと浮かんできていました。

公式コンサートではないので、

曲目は、クラッシックあり、日本の曲あり、オリジナルありの、奏者の即興です。

でも、全体に感じる「丸い」「ふわっと」感のイメージは、同じです。

この丸い空気、なんだろうなあ。。。。

そう思いながら、何曲も聞いていいるうちに、

ふと。。。。。

あ、この丸いものは「魂」の珠かもしれない。。。。と、思いました。


ギタリストさんの魂の想いが、指を動かし、弦を弾き、空気を震わせ、

音色となって、あふれてきているのかなぁ。

それとも、この「たま」は、喜んでいる私の「魂」かなぁ。

そんな事を考えながら、うっとりと一曲、一曲、いい感じの時間を過ごしてきました。


アンコールの演奏の前に、ギタリストさんが、照れながら、言っていた言葉です。

「へんに聞こえるかもしれないですが…、

僕は、聞いてくれる方が幸せになるようにと、弾いているんです。」



はい、とても幸せな時間をいただきました~。

私もお菓子を作る時は、食べてくれる人が「幸せ」を感じていただけるように…と思って、

作っているんです。


同じ考えをしている人がいる事に、また、幸せを感じたひとときでした。

先日の夜、テレビで矢沢永吉を見ました。


その時、あれ?この人、こんなにカッコ良かったっけ?と思いました。

テレビの画面に映っている姿が、

なんだかわからないけど、すごくカッコ良く見えるんです。

自分が好きな佐野元春やコブクロは、好きな理由がいくつでも挙げられて、

見ているだけでうれしくなりますが…。

永ちゃんは、ファンでもなかったので、初めて聞く歌ばかりだし。。。。

その歌や声が素敵…というのでもなく。。。。。

でも、なんだか、すごくいい感じなんです。


還暦目前で、このカッコ良さって。。。何!?

訳わからないまま、感動して、画面を見続けました。

番組の中で、永ちゃんが、若者の質問に対して語ってました。

「矢沢永吉はまじめなんです。」

この言葉が全てなのかと思いました。


ファンでもなんでもなかったからこそ、

自分の中の思い入れで見るのでもなく、

本当に初めて、矢沢永吉に相対するという感覚です。

今までの私の生活とは、何の接点も無く、

私にとっては、彼は格別の必要も無い存在。


だけど、この人は、

この人にとってのその時点、その時点の時間を「まじめに」、

自分の望みや信条を誠実にこなして、ずっと生きてきた。。。。

そして、59歳の今を迎えている。。。。。。

彼の、「まじめさ」の結果が、彼の「今」の存在であること。

それが、私を感動させている理由かな…と、感じました。