今日、ご身内からの年賀状欠礼の葉書で、以前、お世話になった先生の訃報を知った。
大学院のゼミで、教授がサバティカル休暇を1年取られたときの代替教員として来られた先生だった。当時は、某医科大の教授として哲学や倫理学を教えておられた。
それまでは、カントを中心に哲学の研究をしてきたが、先生が仏哲学者であるレヴィナスを取り上げてくださったおかげで、哲学の幅が広がったように思う。
教授のサバティカルが終了した後も、わからないことなどはメールで質問したりと、やりとりはしていたが、夫が亡くなったときは、人づてに、とても心配しておられると聞いて連絡したところ、程よい距離感で話を聴いてくださって、人には言えない夫の死についての事実も、先生にはなぜか話すことができたのを覚えている。
それがきっかけで、今でも懇意にしている同じゼミ生だった年上の女性と三人で、当時は3ヶ月に1回くらいの割合で、新宿駅南口で待ち合わせて、メキシコ料理や、ロシア料理、蕎麦屋などで会食をしたものだった。
コロナになり、わたしも福岡に帰省し、なかなか会う機会もなくなってしまったが、メールや年賀状のやり取りはしていて、大学退職後に新たに勤められた看護学校のオンライン講座のために作成されたレジュメやスライドに、意見を求められたこともあり、また、ご自分が書かれた論文を送ってこられたこともあった。
英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語、ギリシャ語、他、おそらく堪能だった外国語があると思うのだが、西洋哲学はもちろんのこと、哲学も宗教も洋の東西を問わず、禅の修行もされており、仏教にも精通しておられ、かと思えば、八卦もされる方で、なんというか、何を聴いても、遥か上から答えが返ってくるような、そんな先生だった。地頭がよいとはこういうことなのだろうとつくづく思わせるような先生だった。
最後のメールが今年の1月で、腫瘍ができて手術をしたけれども、無事取り除くことができたようなことを書いておられた。最後の方に、以前、講座で使った資料について、チェックしてもらった覚えがあるので、よかったら、ご意見をお願いします、とあり、リンクも貼ってあった。返事を、と思いつつ、紛れて失念してしまい、返事が送れなかったことを悔いている。
人の命は、いつどうなるかわからないとは言うが、この後悔がそう思わせるのだろう。いつかまた、はもうないのだ。
ノーブルな顔立ちで、穏やかそうでありながら、どこか熱のこもった先生の姿が思い浮かぶ。
ご冥福をお祈り申し上げます。