さびしいときの哲学

さびしいときの哲学

大切なひとを失った方、一人ぼっちで寂しいと思う方へのメッセージ

朝起きて、お日様の光を浴びる、それだけでもなんだか幸せ

 

15年前、太陽の光が眩しすぎて、上を見上げることすらできなかった、それくらい、何か負い目を感じていた自分がいた

 

だから、今、こうして輝く光を享受している自分を愛おしく思う

 

夫は、わたしに自責の念を抱かせるために逝ったわけではないのに、

 

彼は、最後まで、心底、わたしの幸せを願っていただろうに、

 

当時はそうは思えなかった、だって、わたしにとって、こんな別れを一方的にされるほど、辛いことはなかったのだから、当然

 

わたしたちは、表面の言葉に惑わされ、その言葉に縛られて、あれやこれや考えてしまう

 

でも、15年経ったからこそ、わかる真意がある。彼は彼なりに、わたしが笑顔でいられることを考えていたんだろう、って

 

誕生日2日前に、勝手に逝ってしまったことすらも

 

ああ、きっと、今でもわたしを一番愛してくれているんだろうなって

 

自分がやりたいと思ったこと、言いたいことを、時間や人目を気にせずに素直にやっていたら、自分を愛している実感がじわった湧いてきた

 

そうしたら、愛されている自分に気づいて、思わず号泣、笑

 

毎日がスペシャル、そう、曇りの日も、雨の日も、何があっても

 

だって、誰もが、みんなスペシャルな存在だから、とびっきり特別な存在だから

 

 

 

 

どんな自分も、ダメダメだと思い込んでいる自分も、怠けたくなる自分も、怒りっぽい自分も、ひがんでいる自分も、人に迷惑をかけている自分も、わがままな自分も、

 

自分のすべてを誠実に生きているから出てくる

 

落ち込んでもいい、それもスペシャルな体験

 

時は流れる、ひとところにとどまらない、とどめているのは自分自身

 

体験は、今ここだけのもの、そして消え去るもの

 

素直に自分を感じたら、きっと、いつも生まれ変わることができる、いつも新しい自分に

 

始まりはいつも、いつも始まりだから

 

 

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