僕が心臓のネジを巻く時 -7ページ目

僕が心臓のネジを巻く時

出来れば僕が動かなくなった後でも、この世界が平和であって欲しい。大切な人達が幸せであってほしい。

「あいつは毎日毎日、一体何をしているのだろう」

日々、どこからか石を拾ってきては

それを積み上げる姿を見て

仲間のアリ達はそう言いました。




ある日を境にそのアリは

仕事が終わった後

どこからか石を集めてきては

それを積み上げ始めました。




それは小さな石もあれば

体の大きさほどはある大きなものもありました。

彼はそれを毎日毎日

雨の日も風の日も

仕事でくたくたに疲れた日すらも

運び続けました。






「仕事ですらものを運んでいるのに
 
 それが終わった後も何かを運ぶなんて

 考えられないよ」

「あいつの考えていることは分からない」

「頭がおかしくなったに違いない」

仲間達は皆そう言って笑いました。






ある日、心配した彼女が彼に

「何でそんなに石を積み上げているの?」と尋ねると

彼は笑って「君には分からないよ」と言いました。

「訳を話してよ」と言っても

「訳を話したら僕が運んでいる意味がなくなる」

と言って教えてくれませんでした。






それからも何度、彼女が彼に尋ねても

「君には分からないよ」と笑顔で答えました。






そして、数か月が過ぎた頃

彼が突然彼女を呼び出して言いました。

「見せたいものがある」

彼女はすぐにあの石の山の事かと思いました。

一体あの石の山で何が出来たというのでしょう。






彼女は彼に言われるまま

目隠しをされて彼に連れていかれました。

そして一歩一歩、足元に気をつけながら進むと

しばらくして、彼が足を止めました。

そして彼女が目隠しを解くと

そこに広がっていたのは

足元に広がる石の山と

そこから見える広大な景色でした。






「見せたかったものってこれ?」

彼女が不思議そうに彼に尋ねると

ようやく彼はその訳を話し始めました。

「今から数カ月前、僕の彼女が

突然、空を飛びたいと言った。

自分たちには羽がないけど

一度は蝶や鳥の様に飛んでみたいと言った。

それは彼女にとっては

ただの冗談だったのだろう。

でも、僕はそれを

その冗談の様な夢を

叶えてあげたいと思った。

思ってしまったんだ。






そして僕は早速、羽を作ってみた。

しかし、それは上手くいかなかった。

何度やっても僕達が飛べるだけの羽を作れなかった。

だから僕は少し形を変えて

蝶や鳥達と同じ様な景色

あるいはそれに近い景色を見せることが出来れば

少しは彼女の願いに近づけるのではないかと思った。

だから日々、石を積み上げて

出来る限り高い高い山を作ってみた。






実際のところ、これより高い山は

この世界にたくさんあるし

こんなに石を積み上げなくても

高い所へ登るすべは他にもある。

それにそもそも

それは冗談だったのかもしれないし

人に馬鹿にされてまで

やることではなかったのかもしれない。

それでも僕は叶えてあげたかったんだ。

出来る限り君の願いを」






それは確かにいい景色ではありましたが

彼の言う通りこれよりも高い山はたくさんあるし

そもそも彼女はそこまで真剣に

願ったわけではありませんでした。

ましてや彼の体と手がボロボロになるまで

やるようなことではないと彼女は思いました。

それでも彼女は出来る限り嬉しそうな顔をして

「ありがとう」と言いました。






そして、彼女のその顔を見て

彼は笑って言いました。

「だから言っただろう。

 『君には分からないよ』と。

 こうして全てが分かった後でも

 君は決して満足しているわけではないだろう

 君はこれだけの石の山の上に立っても

 ここに込められた意味を知ることはないだろう」

「そんなことはないよ」と彼女は言い返しましたが

彼は笑って続けました。

「この山を作っている間

 何度も君の顔を想像した

 そして、君はこの景色を見ても

 そう喜びはしないだろうということは分かっていた。

 それでもこうして積み上げたのは

 これが僕が君にしてあげられることだから

 それだけだよ。


 



 君が喜んでくれたり

 心から笑ってくれれば

 それにこしたことはないけれど

 例えそうでなかったとしても

 僕が君のためにしてあげられることがあるならば

 それをやる価値は大いにあるだろう

 だからだよ

 そしてそれだけだよ

 それ以上でもなく、それ以下でもなく

 ただ、それだけ」






彼が笑って言うと

彼女は少し困ったような顔をして

「ありがとう」と言った。

そして、あんなことを言うんじゃなかったと

彼女が反省していると

彼は彼女の方を見て言いました。

「それじゃあ行ってみようか」









「行くってどこへ?」

彼女が彼に尋ねると彼はどこからか

木と葉っぱで出来た羽を取り出してきました。

「実はまだ試作品なんだけど

 一応、羽を作ってみたんだ」

彼女が「えっ!」と驚いて彼の顔を見ると

彼は冗談っぽく彼女に言ました。

「これでちょっと飛んでみようよ」

「でも、これ飛べるの?」と彼女が

彼に尋ねると彼は「多分」と笑って言いました。

「前にこれで飛んだことあるの?」

という彼女のというに対して

彼は自信満々に「ない」と答えました。






それでも彼は強引に彼女を抱き抱えて

自分の背中に羽を取りつけました。

そして一気に石の山を駆け下りると

その羽は見事に吹き上げる風を捕まえて

浮き上がりました。

それは飛んだというよりも

滑り落ちたと言った方が正しいかもしれません。

それもほんの数秒だけ

彼は彼女の夢を叶えました。






そして2人は山のふもとの草地に滑り落ちると

そのままその草地に転がり込みました。

その衝撃で草の羽は壊れてしまいましたが

それでも2人は

お互いの顔を見合わせて笑いました。

ずっとずっと長い間

笑い過ぎて涙が出る位

笑い続けました。


ある日、僕は雨が降る帰り道の中

その捨て猫と出会った




その猫は小さくて弱々しくて

激しく降る雨に打たれながら

それでも必死に何かに向かって鳴いていた

そんなに叫んでも、その声はどこにも

そして誰にも届かないのに

それでも、猫は一生懸命

何かに向かって叫んでいた






その猫が望まれて生まれてきたのか

あるいは、そうではなくて生まれてきたのかは

分からないが

捨てられたことには変わりない

その猫が皆に可愛がられていたのか

あるいは邪魔者扱いされたのかは分からないが

必要がないと思われたのだ





それを知ってか知らずか

その土砂降りの中

必死に叫ぶ姿を見ると

まるで自分を見ている様で放っておけなかった





僕はその猫を抱き抱えると

家に連れて帰った

その泥だらけの弱々しい猫を見て

皆は口をそろえて

「もといた場所に戻してきた方がいい」と言った





でも僕はそんな言葉を聞かないふりをして

その猫に餌をあげた

その僕の姿を見てある人は言った

「そういう一時的な優しさは

またその子を傷つけるだろう」と

そんなことは僕にも分かっていた

それでも僕には放っておけなかった






僕は悔しかった

自分の力がないことが悔しかった

こんな小さな猫すらも救えないかもしれない

自分の力なさに悔しさが募った

僕は黙って拳を握りしめた

そして、彼女はそんな僕の様子を見ても

何も言わなかった






その猫はとても世話のかかる子で

すぐに体調を崩しては僕を困らせた

自分の夢をかなえる為に貯めたお金も

その猫の世話に消えていき

僕はいつも夢か猫かを選ばされた

そして僕はいつも少しずつ夢を捨てて行った

そんな僕の姿を見てある人は言った

「そういう優しさは誰も幸せにしないよ」と

それは僕にも分かっていた

それでも僕にはどうしようもなかった






僕は悔しかった

何もしない人達と

その人達がいうことを覆せない

自分の情けなさが悔しかった

僕は必死に聞こえないふりをした

そして、そんな僕の様子を

彼女は黙ってみていた






結局、その猫は懐くこともなく

誰かに裏切られた傷を癒せることもなく

短い命を終えた

そして僕もその猫を拾ったばかりに

夢の大半を失った




そんな馬鹿な僕を見て

ある人は言った

「どうして捨てなかったんだ?

 自分がヒーローにでもなりたかったのか?

 自分より弱い者を助けて

 優越感を得たかっただけだろう

 でも、そんなことをしても

 結局、誰も救えないし

 何も変わらないんだよ




 皆、自分を守ることで精一杯で

 それだけを考えているわけではないけれど

 それすらもできないやつは

 他の誰かを救おうなんて考えてはいけないんだよ





 例え捨てられている人がいたとしても

 自分でなんとかするしかないんだよ 

 周りの人はあくまでもその支えでしかなくて

 自分を助けることが出来るのは

 自分だけなんだよ」





かつて捨てられたことのある

その人がいう言葉は

僕に向けられた

厳しくも優しい言葉だった

それでも僕は

こみ上げる怒りを抑えて

拳を握りしめながら言った




「僕はただ

 誰かが捨てられるとか

 傷つけられるとか

 そんなことがない世界にしたかった

 この世界が

 そういう世界であって欲しくはなかった

 ただ、それだけだ」






僕は牙を向けた

でもその怒りは彼に向けられたものではなく

僕自身に向けられたものだった

力のない

誰も救えない

自分ですら救えない

自分自身に向けられたものだった






本当は弱い誰かを救うことで

僕も誰かに救ってもらいたかった

弱い誰かを助けることで

強くなりたかった

すぐに消えてしまいそうな

僕の存在価値を

誰かの心の中に埋めておきたかった







でも、出来なかった







そんな僕の様子を見て

今まで何も言わなかった彼女が

僕に向かって言った







「あの猫は幸せだったと思う

 あなたがいて

 あなたに拾われて

 幸せだったと思う」






その声はとても自然に

そして優しく僕に向かって放たれた






僕はその彼女の言葉を聞いて

今までずっと握りしめていた拳を開いて

悔し涙を流した

彼女が見守る中

ずっとずっと泣いていた






僕は言った

「強くなりたい

 誰も悲しまない世界を作れるだけの

 力を持った人になりたい」





すると彼女は言った

「なれるよ

 君ならなれるよ」




優しく、そして温かいその言葉を胸に

僕は力強く拳を握りしめた



そこに壊れかけの橋がかかっていました
そこは深い深い谷で
その橋の両側には
1匹の猫と
1人の男が立っていました




その猫は橋の向こう側で
じっとたたずみ
彼は橋の反対側で
じっと猫の方を見つめていました
大きな谷が2人を分け隔て
それをつないでいるのは
今にも崩れ落ちそうな橋だけでした





以前、彼はその猫に言いました
「あの壊れかけの橋を渡ってはいけないよ
 今にも崩れそうで危ないし
 渡ったらきっと、もう戻ってこれないよ」





でも猫はその橋を渡ってしまいました
仲間の猫からご主人様の病気を治す秘薬があると
嘘を教えられたからです
彼女は危険を冒してその橋を渡りました




しかし、当然、そんな秘薬はありませんでした
そして、もう帰ることも出来ません
彼女が渡った時に
橋の一部が崩壊してしまったからです
それでも橋は何とか原形を留めていました




彼は猫に向かって叫びました
「そこで待ってて
 今、迎えに行くから」
そしてその壊れかけの橋に向かって歩き始めました




それを見て猫は慌てて
目の前の橋を必死に前足で叩きました
すると橋はいとも簡単に崩れて
壊れてしまいました




彼女は向こう岸に戻る方法を失ってしまいました
そして彼も彼女を救う手立てを失ってしまいました




それでも彼女は崖にたたずみ向こう岸を見つめていました
そして彼も同じく彼女の方を見つめていました




彼は弱った体で必死に
彼女を助ける方法を探していました
彼女はそんな彼の姿を
もどかしい思いで見つめていました




しかしやがて、彼の体調が悪くなり
それでも必死に何かを探す彼を見て
彼女は諦めたかのように
彼に小さな声で別れを告げて
彼に背を向けてその場を立ち去りました
そしてその奥にある森の方へ歩いて行きました








それから長い月日が経ち
彼女もすっかり歳をとってしまい
もう、歩くのもままならない程に
弱ってしまいました
そして彼女は自分の最後を悟り
最後にもう一度、彼の姿を見たいと思い
崖の方へ這って行きました




しかし、後一歩という所で力尽きて
動けなくなってしまいました
そして、最後にかすれた声で
彼の名前を呼びました





すると、その時、彼女の体が
すっと優しく抱え上げられ
よく見ると、それは
すっかりたくましくなった彼の手でした




彼はそのまま彼女を抱き上げると
崖の方へ向かって歩き始めました
そして森を抜けると
そこには昔の見慣れた景色が広がっていました




いつの間にか
そこにあったはずの大きな崖はなくなっていました
いえ、それはよく見ると
たくさんの石や土で埋められた崖でした
彼女はそれを見て驚きました



一体どれだけの石や土を積み重ねれば
この深い崖が埋まったのでしょうか




一体どれだけの月日を重ねれば
これだけの深い溝が埋まるのでしょうか




彼の傷だらけの両手と長い月日だけが
それを物語っていました




彼はその埋め立てられた崖を渡り
彼女を連れて家に帰ると
温かい毛布にくるみ
ミルクをいれました
しかし、彼女にはもう
そのミルクを飲むだけの力は残っていませんでした




彼は彼女を優しく撫でながら
「遅くなってごめんね」と言いました
しかし、彼女は優しく首を振って
ただ一言「ありがとう」と言いました
そしてそっと目を閉じました






その薄れゆく意識の中
彼女は今まで何度も見た夢を見ていました



それは、あの崩れゆく橋に向かって
彼女が勢いよく飛び出すと
彼女の背中に羽が生えて
その大きな崖を飛び越えていけるというものでした
その向こう側にいる
彼に向って