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僕が心臓のネジを巻く時

出来れば僕が動かなくなった後でも、この世界が平和であって欲しい。大切な人達が幸せであってほしい。

ある日、彼女は

渡り鳥の彼に向かって

海の向こうの世界が見たいと言った




その島で生まれ育った彼女は

その島のことしか知らなかった

だから海の向こうから来た彼に

海の向こう側の世界の事を聞いた

そして彼女は彼からその話を聞くと

それを見てみたいと言った






そして彼は

彼女がみせた笑顔に惹かれて

その願いを引き受けることにした

そして彼らは羽ばたき始めた






当初、それはとても簡単なことだった

空の世界を見たことがない彼女は

彼が羽ばたいて浮き上がるだけで

とても興奮し喜んだ

だから彼も嬉しくなってさらに高く羽ばたいた








彼女は彼の背中に乗って

彼は彼女の為に羽ばたき

彼女は彼の為にいろんな話をした

そうして彼らは大きな海の上を飛び続けた








しかし丁度、真ん中位まで来た頃だろうか

さすがに彼も彼女をのせて飛ぶことに疲れ

彼女も、もう話せる話がなくなった

それでも彼は今にも折れそうな羽を

しっかり振って羽ばたいた

そしてそれを見ていた彼女は

「帰りたい」と言い始めた






彼らは次第に高度を落としていき

水面すれすれの所を

何とか落ちずに飛び続けた

それはもう、今にも墜落しそうな紙飛行機と同じで

彼が羽ばたくことを止めてしまえば

彼らは簡単に大きな海の中に墜落した

それでもきっと彼は水の上に浮かんでいられただろう

しかし彼女は違う

こんな広い海のど真ん中で彼女を落としてしまえば

彼女は泳いで島に帰るなんてことはできない

だから落とすわけにはいかなかった







かといって、引き返すことも出来なかった

ここまで来て引き返すなんてことをしたら

一体何のためにここまで来たのか分からない

だから彼は彼女を乗せて飛び続けた






どれ位、飛び続けたのかは分からないが

彼はすっかり疲れ切っていた

そして、背中に乗った彼女は

ただ泣き疲れて彼の背中で眠っているだけだった

その時、彼の心にふと、ある考えが浮かんだ




〝一体、何の為に飛んでいるのだろう〟





これは自分の意地だろうか

一度やり始めたことを

最後までやり通さないといけないという

自分の勝手な思いだろうか

それともただ、彼女を捨てることが恐いのだろうか

こんなに苦しい思いをして

飛び続けることに意味はあるのだろうか

もしもここで羽ばたくことを止めたら

どうなるんだろうか

彼女に海の向こう側の世界を見せたとして

もう2度と飛べないほどボロボロになったとしたら

その後どうやって生きていけばいいんだろうか








そんなことを考えていた

そしてついに彼は彼女に辛くあたってしまった

「乗っているだけなら楽でいいよな」と






すると彼女は泣きだして

「ここで降りたい」と言った

海のど真ん中で降りて

帰ってこれるはずがない

だからそんなことができるはずもない

彼は首を振った

それでも彼女は泣きながら言った

「私が降りればあなたも楽になるじゃない」






彼はそれを聞いてはっとした

「私が降りれば、あなた『も』楽になるじゃない」

と言った彼女もまた

何かを我慢していたのだろう

だとしたら、何だろう

彼は考えた







それはもしかすると

自分のことだろうか

自分が彼女を乗せて飛び続けてきたこの時間

彼女もまた自分の苦しみを見て苦しんできたのだろうか

自分が言ったわがままに付き合わせたことや

自分がただ背中に乗っているだけで何もできないこと

相手が苦しい時に自分はその苦しみを倍増させるだけの

重荷を背負わせていること

そういうことに対して

彼女もずっと苦しんできたのだろうか

自分が苦しむよりも

相手が苦しむ方が辛いのだろうか






そう考えると、彼は悲しくなった

彼女のせいで悲しくなったのではなく

彼女にそう思わせてしまった

弱い自分に対して悲しくなった

そしてそれを考えずして

自分の辛さだけを武器にして

彼女を傷つけたこと

それが許せなかった






だから彼は再び折れそうな翼を振って

高く舞い上がった

そして彼女に言った

「わかった。じゃあ君を降ろすよ

 それでいいよね」

すると彼女も下を向いて「うん」と首を縦に振った

そして悲しそうにする彼女に向かって

彼は力強く言った

「でも、君を降ろすのは

 海の向こうの世界に着いたらだ」

それを聞いて彼女は涙で濡らした顔をあげた

「それまでは僕の背中にいてくれないか

 僕がきっと君を海の向こうの世界へ連れて行こう

 その時、もしも

 君がとびきりの笑顔を見せてくれたら

 僕はきっと今までの

 辛さや苦しみをなかったことにできるだろう

 だから僕はそれを見るまで

 羽ばたき続けるよ」

 






彼女はそれを聞いてまた涙を流した

それでも彼は前を向いて

前よりも力強く羽ばたいた

そしてその背中から、小さな声で

「ありがとう」という彼女の声が聞こえてきた







そして彼は再び考えた

〝一体何の為に僕は飛んでいるのだろう〟

そして同時に彼はその答えも見つけた

〝それはただ

 彼女の笑顔を見たいからだ〟

 それがきっと僕の全てなんだ

 この世界できっと一番正しいものだと思う

 そして一番価値のあることだと思う

 その全てがきっとこの海の向こうにあるのだろう〟





そして、その答えと彼女が気付かせた彼の弱さが

彼らをまた強くして

2人はとても高く

大空へと舞い上がった




TAKUI - Shinkirou (PV)
その狼の毛は赤かった





突然変異だろう

そういう人もいれば

獲物を狩り過ぎて大量の血を浴び

赤くなったという人もいた

誰もその赤い狼について

詳しいことを知るものはいなかったが

その狼にはもう1つ変わった特徴があった



それは肉をほとんど食べないということだった

獲物を狩るでもなく

いつもお腹を空かせては

他の草食動物と同じ様に

草を食べていた






狩りが出来ない

ただの臆病者だという人もいた

噂では、弱肉強食の狩りの世界で

家族を失ったという話もあった

だからその狼は狩りを好まないという

そんな噂もささやかれていた







そんなある冬

その冬は珍しく長く続き

草も獲物も少なくなり

赤い狼だけでなく

皆が飢えていた




狼たちは唸りをあげ牙をといでいたが

やがてあまりの空腹にその目も虚ろになり

誰もが朽ちた自分の姿を描き始めた頃

赤い狼の目の前に

前足を一本失った鹿が現れた





他の狼はその鹿に気づいてはいなかったが

赤い狼がその鹿と向き合うと

さすがの彼もあまりの空腹から

かつての本能が再び呼び起された

それでも彼は必死に耐え

その場に踏みとどまった





そしてその鹿はそんな狼に向かって

問いかけた

「どうして俺を襲わない

 弱者に対する憐れみからか

 それとも恐いからか」

赤い狼はその質問に応えなかった

ただひたすらに湧き上がる

自分の本能と闘っていた






その様子を見た鹿は

何も言わず、その場を去った

しかし、そのすぐ後

その鹿に気付いた他の狼達によって

襲われ餌食となった

その様子を遠くで見ていた赤い狼は

ただひたすらに

抑えきれない気持ちと闘っていた

そしてその様子を見た他の狼達は

鹿の肉を貪りながら「馬鹿なやつだ」と笑った





一時の獲物で飢えを凌いだ狼達とは裏腹に

赤い狼は食べるものもなく

ただひたすらに生きることにあがいていた

そしてどんどん痩せ細り

とうとうその場に倒れこんでしまった






ここで終わりだな

そう思って目を閉じた瞬間

誰かが狼に手を伸ばしてきた




「まだ生きているか」

死神だろうかと思って

目を開いたその先にいたのは

猟銃を背負ったじいさんだった




じいさんは痩せ細った狼を背負うと

家に連れて帰って餌を与えた

「お前が他の動物を襲わないと言われる赤い狼か」

じいさんが狼に問いかけると

狼は「だからなんだ」と言って

じいさんが出した餌を付き返した





「食べないと強くなれないぞ」

じいさんが笑って言うと

狼は「強くなりたいわけじゃない」と言った

「強くなければお前達
 
 弱肉強食の世界では生きていけないだろう」

とじいさんが暖炉に薪を入れながら言うと

狼はそのじいさんの背中に目を向けて言った

「俺達が生きることと誰かが死ぬことは等しい」








そうやって、最初は

じいさんの言うことに噛みついていた狼も

やがてじいさんの世話のかいもあって

なんとか元気を取り戻した

そしてその狼にじいさんは

自分が飼っていた羊の世話を任せた






狼に羊の世話を任せるとは

どういう神経をしているんだと思ったが

じいさんもそれが面白いと言って

狼にその役を任せた





そしてそんな冬が終わろうとした頃

事件が起きた

狼の群れがじいさんの羊を襲ったのだ

当然、赤い狼もその狼達と闘った

しかし、相手は

少ないとはいえこの冬

多少なりとも獲物を襲い

腹を膨らましてきた者達

かたや、じいさんの餌を断り続け

枯れかけた草で何とか飢えをしのいできた者

力の差は歴然だった






赤い狼は羊たちを失い

自分も深く傷つきながら、それでも尚

襲ってきた狼達に牙を向けていた

その赤い狼に向かって

狼達は笑って「馬鹿なやつだ」と笑った








やがて狼が去り

じいさんが狩りから帰ってくると

壊された柵と

羊たちの無残な様子を見て

悲しそうな顔で赤い狼に近づいてきた






「まだ生きているか」

じいさんが赤い狼に手を差し伸べると

赤い狼は「羊達は守れなかった。すまない」

とかすれた声で応えた

そんな狼に向かって、じいさんは

「お前だけでも生きていて何よりだ」と

悲しそうな笑顔で狼の赤い毛を撫でた






赤い狼はそのじいさんの優しさと

期待に応えられなかった力ない自分が悔しくて

大声で泣いた

「だから強くならないといけないだろう」と

じいさんが優しく狼に言った

そして狼は流れ出る血と涙を織り交ぜて

「俺は強くなりたかったわけじゃない

 ただ、誰も傷つけたくなかっただけだ」と言った








「確かにそれは理想郷なんだ

 それは分かっていたんだ
 
 でも

 それでも

 俺は強くなりたかったんだ

 誰も傷つけずに

 強くなりたかったんだ」と言った






そしてゆっくりと立ち上がると

ふらふらとした足取りで

羊達の亡骸の元まで行き

その血で自分の毛を更に赤く染めた





「毛をそこまで赤く染めるまでには

 それだけの痛みがあったというわけか」

その様子を見ていたじいさんが狼に言った

「俺が自分の涙でこの赤を洗い流してしまったら

 俺はきっとこの痛みも忘れていく

 だから自分の痛みではなく

 誰かの痛みを忘れないように赤く染めておきたいんだ」



そうしてその赤い狼は

以前よりも赤く染まっていった



今日、『通りすがりの人』が祖父の家にやってきた

彼は慣れた様子で家に上がると

母に促されて祖父の寝るベットまで来た

祖父は半年前くらいから寝たきりで

母の呼び掛けに対して

意識はあるのか目を開けて彼を見た

そして母は彼と交代で買い物に出た




通りすがりの人は祖父に話しかけるでもなく

そばに置いてあった

祖父の暖かそうな毛糸のベストに袖を通した

よく祖父が来ていたそれが

意外に自分に馴染んで

彼は思い出にふけった





「いつ帰ってきたんだ」と祖父は彼に尋ねた

そして彼は「昨日だよ」と答えた

それからも大した会話を交わすまでもなく

祖父は再び目を閉じた

彼はしばらく隣で座っていたが

そっと立ち上がると

あたりを見渡して家の中を散策した





懐かしい思い出が甦る

そこは通りすがりの人だけが見える

思い出の景色があった

ここに来る前に伯母さんに

「多分、名前は出てこないかもしれない」

と言われた

昨日来た従妹のことも覚えていないという

従妹はそれがショックだったという

でも彼は全くそんな事を気にしなかった

記憶が薄れても

会話が少なくても

人は語るのだよ

思い出を通りして語るのだと思う






今日来たことを忘れてしまっても

祖父はちっとも顔を見せに来なかったことを

許してくれるだろうか

母の話だと祖父は後で涙ぐんでいたという

それが何かの痛みからなのかどうなのかは分からない

それでも通りすがりの人にとっては満足だった




彼は祖父の家を出ると

その足で少し離れた大きな病院へと向かった

母に聞いた病室を訪ねても

祖母はいなかった

おそらく検査か何かだろうか

しばらくその部屋で待つことにした





それにしても殺風景な一人部屋

不必要なものは何1つとして置かれていない

すぐに彼は待ちきれなくなり

病院内をうろうろし始めた





祖母はすぐに見つかった

しかし検査か何かをしている様子

彼は遠くからその様子を見て

もうしばらく待つことにした

遠くから見た祖母はとても暇そうに見えた

ここに来た当初は家に帰りたいと

駄々をこねたらしい

そりゃそうだと彼は思った

こんな暇なところ半日で飽きてしまう






しばらく祖母の部屋で待っていた彼は

暇を持て余すものを何も

持ってこなかったことを後悔した

そして一向に戻ってくる様子がないことに

しびれを切らし

再び病院内をうろうろし始めた





祖母はさっきいたところにはいなかった

そして広場で昼食を食べていた

『通りすがりの人』は後ろから祖母に近づき

肩に手を置いた

祖母はゆっくり振り返ると

彼の顔を見て笑顔を見せた

「いさお君か」

祖母が彼にそう尋ねたので

彼は優しく首を振って自分の名前を告げた





祖母はそもそもそんなに話す人ではないから

会話も少なかった

それでも彼は近くに置いてあった椅子を持ってきて

祖母の隣に座った

どれくらいの間そこに座っていたのか分からない

おそらく時間にして15分くらいだろうか

それでもやけに長く感じた

家に帰りたいといった祖母の気持ちがよくわかる

ここは広くて何もない

そこで祖母は時折目を閉じては何かを考えていた

何かを考えていたわけではないかもしれない

それでもこの何もないところで

通りすがりのいさお君が隣に座っているだけで

少しは場が和んでくれるといいのだが





広場で共に昼食を取っていた

他の人たちは皆、看護師さんに連れられて

それぞれの病室に戻ったようだった

彼も祖母に部屋に戻るか聞いたが

祖母は「もうしばらくここにいる」と言った

彼は「じゃあお昼を食べに帰るよ」と祖母に告げ

席を立った

そして祖母は彼を見て

「ありがとう」と言った

通りすがりの人に「ありがとう」は言わないよね

だから彼も優しく頷いて

「また来るよ」と言った