今日は平日だったのに駅前広場はかなりの人出。気のせいか最近外国人が多くなっているような。中国人、韓国人は見分けがつかないけれど、中近東附近あるいはロシア・北欧系(いい加減)の人たちが多いような。
だからどうということはないけれど。彼らに共通していることは男女とも若いということ。といっても10代はいなくて、ほとんどが20代、30代。と見分けた。
日本人は子供か年寄りが目立つ広場で、外国人とはいえ若者がいるということは何となく安心する。かれらもイヤホンをしている人が多く、どんな音楽を聴いているのか少し気になる。
みたびCMを。
昨年あたりかなりのヘヴィロテで観た(聴いた)テレビCMを久しぶりに聴いた(観た)。
ポテトチップスのCMのようで、出てくる美男美女の名前はわからないが、BGMには聞き覚えがあった。というかひとつの時代の大きな曲がり角に流れていた今でも好きな楽曲(オリジナルではないけれど)だった。
1964年、まさに世の中が変わる東京オリンピックⅠの年にラジオ、テレビ、レコードプレイヤー、パチンコ屋(?)から聴こえていた洋楽ポップスだった。
1963年12月の第1週にはじめてヒットチャートのベスト20にランクインしたヴィレッジ・ストンパーズの「ワシントン広場の夜は更けて」は徐々に順位を上げていき、ひと月後の1964年1月の第1週にそれまで3週1位を続けていた「愛しのラナ」(ヴェルヴェッツ)を抜いてはじめのてナンバーワンになっている。
正月早々第1位の栄冠に輝いたわけだが、そのオリンピックイヤーの正月に世間でどんなことが起きていたかとか、自分が何をしていたかはまるで覚えていない。その数日前に行われたNHKの紅白歌合戦の出演者リストを見てみると、倍賞千恵子の「下町の太陽」、舟木一夫の「高校三年生」、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」は見たような記憶がある。
あとはのちにYOU-TUBEで見たのが「悲しきハート」(弘田三枝子)と「伊豆の踊子」(吉永小百合)。紅白歌合戦はもう何十年も見ていないが、当時の大みそかは間違いなく見ていたはずだが、ほとんどは覚えていない。そりゃそうだよな、60年も昔のことだもの。
とにかくあの不思議な楽曲を日本の多くのポップスファンが支持したのだ。
個人的にはその前年あたりよりラジオで洋楽のヒットパレードを聴くようになり、日曜日の朝は決まって蒲団の中でポケトラ(なんて言わなかったな。ポッケト・トランジスタ・ラジオのことです)を耳にあてていたっけ。
だから、「ワシントン広場の夜は更けて」が1位になるまでの、ナンバーワンヒット曲、「悲しき悪魔」(エルヴィス)、「北京の55日」(ブラフォー。これは当時映画も観た)、「愛しのラナ」はすべてすぐに夢中になった曲(いまでもフェヴァリット)で、「ワシントン広場の夜は更けて」が徐々に順位をあげてきたときは、魅きこまれるとうほどではなかった。どちらかというと、リピートされていいるうちに「ああ、いいじゃん」と思うようになった楽曲だった。
でもなんでこのインストが多くのポップスファンの心をとらえたのか。正確なところはわからないけれど、わたしを含めジャズなど知らないティーネイジャにはデキシーミュージックが新鮮だったのかも。メロディラインも得体が知れないというか、不思議で新しかったし。さらにいえば主力楽器であるバンジョーも新鮮だった。この数カ月後にはキングストン・トリオの「花はどこへいったの」がランクインして、フォークブームが到来する。そしてイヤというほどバンジョーの音を聴くことになるのだけれど、それに先駆けてのあの乾いた音色はインパクトがあった。
当時はひと頃ほどではないけれどまだカヴァポップスブームが続いていて、このインストにも歌詞がつけられレコード化された。当時のファンには今でもあの、
♪しずかなまちの かたすみに つめたいかぜが ふきぬける
というフレーズが耳に残っているのではないだろうか。
訳詞(作詞)はかの漣健児。うたったのはパラキンやダークダックスだったが、個人的には♪のってけのってけ で登場した藤本好一の印象が強い。
インストに強引な歌詞をつけてしまったのは日本だけかと思ったら、本家でもエイムズブラザーズが「ワシントン広場(グリニッジ・ヴィレッジ)はフォーキーたちが集まる場所なんだ」みたいなことをうたっている。
とにかく1964年は東京オリンピックとともにポップスファンには忘れられない、いわばエポックメーキングな年だった。
「ワシントン広場の夜は更けて」がまだチャートナンバーワンに留まっていた2月、嵐の予感を告げる楽曲がベスト20に入ってきた。
それがザ・ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」で、以後またたくまに(大袈裟ではなく数か月で)「抱きしめたい」「シー・ラヴス・ユー」「ツイスト・アンド・シャウト」などが続々ランクインし、やがて上位を独占することになった。
いま思えばかの「ワシントン広場の夜は更けて」は音楽革命の予兆であり、不思議でさらに言えば不気味な曲調は、ビートルズ旋風を暗喩していたのかもしれない。なんて。
いまでも好きなビレッジ・ストンパーズ。アルバムも買ったし、以前お世話になったデキシー好きの先輩にCDをプレゼントしたこともあった。
そのCDのなかからもう一曲。
