最近1つの恋愛が終わりました。

2月に付き合い始めて5月までには別れてた。
3ヶ月も満たない短い恋愛。

別れてから1ヶ月ぐらい過ぎたので気持ちもだいぶと落ち着いてきた。
別れた直後はやっぱりずぅ~んと凹んだ。

でも、涙が一滴も流れなかった。


私は男運が本当に悪い。

私を気に入る男は大概問題がある。また、私も問題がある人を選んでしまう。
ホロスコープを見ても、男性の犠牲になる傾向にはあると出ている。
なのでDVなるものも受けたこともある。

若い頃5年付き合った男がいた。
付き合い始めは楽しく過ごしていたのだが、1年が過ぎ…少しづつ付き合い辛くなってきた。
暴力はなかった。
しかし言葉の暴力が酷かった。
俗に言う、モラルハラスメントである。

今思えば本当に酷い事を言われた。
外見の事も中傷され、散々馬鹿にされ、本当に傷付けられた。
今だに忘れられない。
そして最後の方には軽く手を挙げられていたと思う。
顔とかは殴られなかったけど、足を思いっきり踏みつけられた記憶がある。
他もいろいろ…

なのに私は彼が好きだった。
別れたくなかった。

その当時の私の自分に対する価値は無価値だった。
元々から劣等感は強い方だった私。
さらに日々モラルハラスメントを受けていたので、自分は本当に無価値で、ゴミみたいな存在だと思いこんでいた。

はっきり言って病気だった。

そんな私を好きで一緒にいる彼は、私にとって救いの天使に思っていた。

だから、捨てられたくない…別れたら私は天涯孤独だっ!!なんて…怯えていた。

モラルハラスメントやドメスティックバイオレンスは、肉体や精神(心)だけでなく魂までも傷がつく。

攻撃を受け精神がズタボロになると、まともな判断ができなくなる。
自分の価値観の低さ、周囲の救いの手を受け取れない精神状態、彼への絶対的服従。
これらを統合して、絶対的な依存を彼にしていた。

徐々に徐々に…モラルハラスメントを受け、精神が病気になっていった。

言葉や暴力で精神に深い傷を負わせ、その傷をえぐっていく。
たまには優しい言葉や抱擁でその場しのぎ傷の手当てをして、またさらに深い傷をつける。

ただ、被害者は傷を負わせられたところに重点をおかず、優しい言葉や抱擁に癒されて「私にはこの人しかいない」って…本気で思う。


酷い話だ。狂っている。

暴力で人を虐げ、自分への服従を強要する。
こんな人間、許せれるわけがないっ

この男と別れたあと、この男が地獄に堕ちればいい…と何度願ったことか。

ただ…彼もDV被害者であった。
実の父親がひどい酒乱で、彼自身もだが、母親、姉、妹も…被害者だった。

アルコールを飲むと暴れる…そんな毎日だったらしい。

彼の言葉で忘れられないのが、「お酒を飲んで俺も暴れるのかな…そんな風になりたくない。怖くてしかたがない」

彼も被害者だった。
何も悪くないのに殴られる日々。挙げられる拳には愛情なんて全くない。
あるのは怒りと恐怖と悲しみだけ。

当人だけでなく、親や祖父母、時代的背景、その他いろいろ。
DVの負の連鎖はいろんなネガティブ要素が絡み合い、地中深くまで堕ちている…
暗黒の谷底が根源なのかもしれない。


その②に続く…
よく人から「元気だね」とか「明るいね」とか言われますにゃ

嬉しい言葉をかけてもらえるのだが、私は至って普通ですちゅ
めちゃくちゃ元気でもなく、たまには二日酔いや寝不足などでしんどいときもあるが…まぁ普通です。

しかし『陽』のイメージがあるのはとても嬉しい。

その明るいイメージでいられるのは、私の精神が健全だからだと思う。


健全な精神

私は人間だからネガティブ要素もたたくさんある。あげたら切りがない。

ただ自分を誉める部分があるとしたら、あまり人を恨んだり陥れたりはしないかな。
ただ…傷つけることはあった。
あとは逃げない。
逃げてもいつかは捕まるのなら観念して割り切る。もしくは戦う。

それとやっぱり人間が好きだ(*'∀`*)v
その気持ちが強いから、家族や友人や仲間に恵まれてる。

私が道を誤った時、一生懸命軌道修正をかけてくれる。
見捨てないでくれる。
一緒にいてくれる。

本当にありがとうラブ


健全な精神とは、自分の考え方ももちろんベースとなる。
しかし、自分を取り巻く友人や仲間によってより形成されていく。

そんな友人と仲間にもう一度、ありがとう。

喧嘩してもそっぽ向いても、また一緒にいてくれる。


だから私はいつでも元気で明るく生きていけるんです。

まぁ、至って普通なんですけどちゅ


free birdでしたあひる
商業施設ビルで占いをしていると、いろんなお客様にお会いできる。
とりわけ男性のお客様をみることが多くなった。

本日こられた男性客は短髪におしゃれな帽子をかぶり、こざっぱりしたラフな服装にいい感じのネックレス。
さっぱりとした塩顔のイケメン。

入ってきた瞬間…

ガッツポーズでしたねキャハハ!!

しかし…私の好みは濃いめの顔で外人風のワイルドタイプ。

塩顔のイケメンが気になりだしたのは…
もう10年以上になるなぁ。


カンフーを27才から始めた。
スポーツをはじめるにはかなり遅い。

初めてカンフーを教えてもらった先生が塩顔のイケメン。
カンフーの服がとても似合っていた。
初めて見たときから、憧れと恋い焦がれる気持ちが沸き上がってきた。

カンフーそのものも凄く楽しくて、速攻でのめり込んだ。
それと先生に少しでも近づきたくて猛烈に練習をした。
そのかいあってカンフーを人よりも早く修得していった。

先生の言うことには全てイエスだった。
カンフーだけでなく太極拳をしろと言われたら、つまんなくても太極拳もした。

だから先生から少しずつだが期待もされていたと思う。

未熟にもその事を自負して、鼻にかけて、とてつもなく生意気になった。

ある時、いくら先生でもこれは言うこと聞けないってことがあった。

私よりも年上でカンフー歴が2年ぐらい先輩の男性がいた。
私は凄く奴が嫌いだった。
その時の私は『実力もないのに偉そうにしやがる奴』って、思っていた。
悲しいかな今でもそう思っている。
先生はそいつに刀の套路を教えてもらえと言う。
負けず嫌いの私には屈辱でしかなかった。
実力では勝っていた私が、なんで奴に教えてもらわないといけないんだっ!!
私はそのまま帰った。
なにも言わずに。

当時、塩顔先生のカンフーとは別の大きなカンフーの団体にも所属していた。
大阪武術隊。
実力も知名度もはるかに高い大きな武術団体。

その日の夕方、行かなきゃいいのに大阪武術隊に練習に行き…
跳躍の練習中にバランスを崩し、足の甲から床に叩き落ちた。
今でも忘れない。
バキッという音が耳に届いた。足の甲の骨にひびが入った音。

2ヶ月の安静。初めの1ヶ月は松葉づえ生活ううっ・・・ううっ・・・ううっ・・・

練習いけるわけないうっ・・・

恐る恐る塩顔に怪我の報告をした。
わかっていたが、逆鱗にふれた。
そのまま…破門になったガクリ

しかし、破門になったのを機に大阪武術隊の練習に無我夢中に励んだ。
ありがたいことに、全国大会でも府大会でもメダルを獲得することができたGOOD

破門になったことは辛かったが、私のカンフーにおいては、なくてはならなかった事だと思う。


占いにきた塩顔のイケメンは先生によく似ていた。

先生に対して恋愛に似た感情はとうに消えている。
ただ罪悪感はまだあるのかもしれない。


今はカンフーを辞めてだいぶと経つ。


塩顔のイケメンを鑑定できて、嬉しさ半分、罪悪感の傷み半分。

いつか塩顔のイケメンを罪悪感の傷み無しで単純に愛でれる時がくればいいな。



Free birdでしたあひる