アラフォーになると、若い頃には無いいろんな経験値がついてくる。

ま、まだまだひよっこですけどね~あひる
そしてまぁ、良くも悪くもその人となりが形成されてくるわけですわ汗

また、他人を見る目もシビアになってきている今日この頃です。


ところで、どんな人間と付き合いたい?
恋人として、また友達として。


私は若い頃は、面白みのある人間にとても惹かれていた。

多数の人とは違う考え方や行動する人に、ぐっと惹かれてた。
たぶん、自分自身が多少変わっていたからだと思う。

あっ、私、普通ですがGOOD!!


面白みのある人間。
深みのある人間とはちょっと違う。

今は深みのある人に惹かれる。


なら、深みのある人間とは?

真っ先に思い浮かぶのは、責任感がある人。
仕事だけではなく、人間関係において逃げない。
付き合っていくにしても、別れるにしても、けじめをつけれる人。
また、真っ正面から相手を受け止めてあげれる優しさのある人。
そして、ユーモアがあったりしたら最高だよねっキャハハハート

そうなると、やはり年を重ねた大人になる。
若い頃にはない、人てしての優しさや発する言葉にたいする責任感。
また、おおらかな心。

皇帝は、人間として温かみがある。
大人の魅力がありますね~(*'∀`*)v
(注  だからといっておっさん好みではないのでっ汗)

また女性ならば、社交的で気配りが上手な人に魅力を感じます。

本当に美しい女性とは、女帝のように美しくもあり、また聡明な人なんでしょうね。


人が人として、魅力的になる為にはいろいろな人間に出会い、刺激を受け、その人間の魅力を吸収していかなくてはならない。

人を避けたり、拒絶したり、自分の殻に閉じ籠っていたりしたら成長しない。


人生において、一人でも多くの人間に出会えるように生きていきたい。
また、出会えたら奇跡だと思う。


どんな出会いでも。



どんな人に憧れますか?
どんな人に近づきたいですか?


どのような人でも、生き方でも、近づくことはできる。
そこに自分の個性をプラスして、自分だけにしかない魅力を作っていこ。


Barakielでした翼
人間って、弱くもあるが、たくましい生き物だな~って常々思います。


どんなに辛いっことや悲しいことがあっても月日が経てば忘れていく。
それがどんなに悲痛で苦しい事でも、長い時間がかかっても、忘れることが出来る。


だからこそ生きていけるのだろう。


辛い、辛いと泣きながら寝ても、否応なしに朝日は昇り、また新しい一日が始まる。
太陽はどんな環境にも人々のどんな条件にも左右されず、平等に空に昇る。


忘れたくても忘れられない、いけないと思いながら過ぎた思い出にすがりついたり、また忘れる事に躍起になり羽目を外して自分自身を見失ってしまうこともある。


なんて言うかな~


それでいいんじゃないかな。


それだけ辛いんだ。そう簡単に忘れる事なんてできない。

ならば、すがりつきたい時はすがりついていいんじゃないかな。
すがりついて、いろいろ考えて悶え苦しんだらいいんじゃない。
それが、傍からみたら無駄でくだらない苦しみに思えても。

ま、羽目を外すのは限度があるから、考えられる余裕があるなら羽目を外しすぎないでね汗

私の経験上、自暴自棄になり周囲に迷惑をかけまくったことがある…ガクリ
その時はひどく落ち込んだが、今となればネタみたいなものなのである。


話がそれましたm(_ _ )m


思いを断ち切るのは本当に大変なこと。

忘れようとあがいても、余計に気持ちが強くなる。
しかし、何もしなくてもいつのまにか頭の中に浮かんでくる。


ならば、どうすればいい?


いつもどうりの日常を過ごすこと。
朝起きて、学校なり、職場に行き、自分の与えられた課題をやり遂げる。
そして、夜寝る時に自分が今、生きていることを実感すること。
辛い思いが込み上げてきて落ち込んでも、その日を過ごした自分を褒めてあげてください。
次の日も次の日も、それを続ける。
そして、大好きな人達との共有できる楽しい時間を大切にすること。

その、日常というたわいもない時間の繰り返し。

日々を過ごすことで徐々に徐々に、痛みを忘れていく。

苦しみと悲しみに翻弄されながら、1日を過ごしていく。

1日でも過ごすことができたならば、もう1日もがんばって乗り越えられる。


朝日は否応なしに私達の頭上に昇る。

苦しくても、悲しくても。



何も考えなくていい。

前を向いて…歩きだそう。

苦しみも悲しみも手放して。

人間は忘れることができる。





忘却の彼方に。



Barakielでした翼

恋なんて♪♪言わばエゴとエゴのシーソーゲーム(*'∀`*)v音符


人はいつ、自分以外の人物に特別な感情を抱くのだろう。

会った瞬間から?
ある程度の時間をかけてから?
出会い方が印象深いから?
または、その相手の経歴やback grandから?

恋の始まりの原因はいろいろある。

そして恋が始まると楽しくなる。
相手の顔ばかり見てしまう。その人の目が
私を見て、ずっと私を見つめて欲しい…
その事で頭がいっぱいになる。

相手の顔や声や体や全てに囚われてしまう。

また、自分の事を理解して欲しいと勝手な自分の思想を押し付けてしまう。
それが…良くないのはわかっている。
しかし、好きだからしてしまう。

相手に好かれたい気持ちと、自分を理解して欲しい欲求が心の中で葛藤する。
その真ん中で佇む自分がいる。

しかし、この苦しみこそが『恋』なのではないだろうか。


お互いが思いやる気持ちも、お互いがパートナーを服従させたい気持ちも、形の違う『エゴ』である。

確かに、エゴとエゴのシーソーゲーム…
とは、上手く言ったものだ。

どちらかの『エゴ』が強ければ、シーソーは動かない。
恋愛は、お互いがシーソーを楽しむように、心を寄り添わなくてはいけない。



今、自分と同じシーソーに乗っている人は、自分で選んだ大切な人ですか?
それとも運命のイタズラで、たまたま乗っている人ですか?
なんとなく一緒にいる人ですか?


どんな理由があるにしろ、1度はシーソーゲームを楽しまなくてはいけない。

キューピッドは、自分の乗っているシーソーにいろんな人をあてがってくる。


シーソーを楽しみながら『選択』するのは自分自身。


シーソーを、お互いが水平に保つようにしようと、気持ちが通じ合った瞬間…
『愛』に進化するのかもしれない。



Barakielでした翼