12時着のバスがやってきた。
ぴったり時間通りだ。
1時間に3本、0分、20分、40分とやってきて、お客さんを降ろした後はエンジンを切りしばらく止まっている。終点なので、5分ほどしてから、出発する。運転手さんは、バスに乗ったままの人もいれば、降りて伸びをして深呼吸をして自然を満喫したり、タバコを吸ってみたりする人もいる。
時間になれば、新しくお客さんを乗せ、ゆっくりと大きく旋回して、下の駅前まで降りていく。
バスを降りた人の中から、猪狩さんがトボトボとこっちに向かって歩いてくるのが見えた。もう、90はとっくに超えてるが、自分でバスに乗り、駅前でバスを乗り換えて眼科に通っている。
静かな人で、ゆっくりした口調で可愛らしい話し方をするおばあちゃんだ。驚いたり、困ったりした時も、大きな声をだしたり、焦ってバタバタしたりしない。いつも、落ち着いていて、丁寧だ。
「こんにちは。猪狩さん。目薬もらってきたの?」
「お昼休みなのにごめんねぇ。一回、帰ってきた方が良いかしら?」
大丈夫よと伝えて、処方箋を見ると、いつもの目薬が3種類、6本ずつでている。
「いつものお薬で良いんですね。少し待ってくださいね。準備するから。」
と伝えた。
猪狩さんは、緑内障という眼圧が高い病気で、キチンと点眼しないと気づかないうちに失明してしまう危険がある病気だ。
お薬を袋に入れ、猪狩さんの名前を呼んだ。
そして、「いつものお薬、それぞれ6本ずつ渡しますね。変わりなかったですか?」
すると、猪狩さんは、何年もキチンと定期的に受診して、お薬は変わらず、ちゃんと点眼して、安定しているはずなのにびっくりするような事をヒソヒソと囁いた。
薬局には他の患者さんもいない時間で、私しかいないのに、まるで、秘密がバレては大変な事になってしまうからというような感じで、こっそりと言った。私も、大変な秘密を打ち明けられるのだと覚悟して耳を近づけた。
「あのねぇ。実は私、ちゃんと目薬をさしてないの。でもね、今日、先生が大分良くなっているよっておっしゃるの」