その日、朝1番にやってきたのはなんとも扱いにくい久保さんという見るからに神経質そうなお爺さんだ。機嫌が悪いというのか、いや、最初から悪いわけではないんだけれど、勝手にイライラするのか、すぐ爆発して、「アホ!ボケ!カス!」を連発する。それも、怒鳴り散らす。

駅前にうちのグループ薬局があるけれど、そこの薬剤師は毎度毎度、怒鳴り散らされるらしく、そろそろ来局するだろう日が近づくと皆が暗い気持ちになり、薬を渡すことを譲り合うらしい。まるで、罰ゲームだ。私はまだ、「アホ!ボケ!カス!」と言われたことはないが、人が言われるのを見たことはある。

久保さんは高級なサ高住に住んでいるが、そこの住人たちからも煙たがられ

ているようで、嫌な顔をする人は沢山いて、ひどい人は、姿を見るだけで固まってしまい、何も言えなくなる人もいる。とにかく、嫌われている。

久保さんは処方箋を出すと、受け取った事務員さんに、いつものようにグズグズと言い始めた。

「薬をああしてこうして…グズグズ、グズグズ、グズグズ…」

事務員さんは頷くだけで何も言わない。

それは、何を言われたかわからなくても「はい」とだけ言ったらいいからと私が伝えているから。下手に返事しようものなら「アホ!ボケ!カス!」が始まるからだ。

 私は、いつもと同じお薬を一包化(服用時期が同じ薬や1回に何種類かの錠剤を服用する場合などに、それらをまとめて1袋にすること)し、希望通り、4と書いて(4錠入っている)、薬袋に真っ赤なマジックで病院の名前とまた4と書いた。そしてポケット付きチャック袋にそれを入れ、薬もチャック袋の中ではなくポケットの方に入れた。それが彼の希望なのだ。名前を呼び、薬を渡すと、早速、点検し始めた。「ちゃんとやってるんか?」と言いながら。

自分が言った通りにやっているのを確認したら、財布を逆さまにしてジャラジャラとカルトン(釣り銭トレー)にお金を広げて一言、「これで」

実は久保さんは目が見えにくかった。私は代金をいただき、「お大事に」と言った。久保さんは聞き取れないほどの小さな声で「ありがとう」と言った。

それを見ていた新しく入社した薬剤師(新しいと言っても40代の経験もそこそこある人だ)が、

「えっ!いい人じゃない。ありがとうと言ったよ。聞いてるのとはちがうじゃない」と。

1ヶ月後、私が休みの日に久保さんが処方箋を持ってきた。どんな風にどんな事があったのかは知らない。事務員さんが言うには久保さんが胃薬の事を聞いたらしく、これについて先ほどの新しい薬剤師が説明しようとしたらしいけど、もう、最初のあたりから「アホか!」と怒鳴りまくりだったらしい。

その次に、久保さんが来局した時、その新しい薬剤師は、休憩室のドアの所に立ち、隠れて出てこなかった。ドア越しに、私がお薬を渡しているのを聞き耳を立てて聞いていた。何が始まるのだろうと必死の形相で立っているのが私からは丸見えだった。

そして、久保さんは「ありがとう」と小さな声で呟いて帰って行った。