今朝、目が醒めると布団から出ている顔に冷たい空気が。

冬がやってきた、としみじみ思う。

朝食後、ネットを見ていたら詩人、谷川俊太郎さんの訃報が目に飛び込んできた。

92歳、老衰と書かれてあった。

自然界と同じように枯れていかれたことに
悲しみというよりも愛しみのような気持ちが込み上げる。
ただ、「ありがとうございます。」と心のなかで言っていた。

元気がなくなると、よく谷川俊太郎さんの詩集を開いていた。
心の深にあって忘れてしまったいた、すぐ側にある奇跡を

ほらっ。と指し示し、

僕も君と同じ人間なんだよと語りかけてくる。

日常のなかにある宇宙を、真剣なまなざしで、

時にお茶目に…。ユーモラスに。


クスクスと笑ってしまう詩を目にすると、
心に灯火が宿る。

偉大な存在は不思議と、自分に親しく近くにいるように思える。
 

何度となくページを開いて印象に残っている詩を記します。


謹んで、心よりご冥福をお祈りいたします。



木 「自選 谷川俊太郎詩集」より



木がそこに立っていることができるのは
木が木であってしかも
何であるかよく分からないためだ




木を木と呼ばないと
私は木すら書けない
木を木と呼んでしまうと
私は木しか書けない




でも木は
いつも木という言葉以上のものだ
或る朝私がほんとうに木に触れたことは
永遠の謎なのだ




木を見ると
木はその梢で私に空をさし示す
木を見ると
木はその落葉で私に大地を教える
木を見ると
木から世界がほぐれてくる




木は伐られる
木は削られる
木は刻まれる
木は塗られる
人間の手が触れれば触れるほど
木はかたくなに木になってゆく




人々はいくつものちがった名を木に与え
それなのに
木はひとつも言葉をもっていない
けれど木が微風にさやぐ時
国々で
人々はただひとつの音に耳をすます
ただひとつの世界に耳をすます