モラハラ夫うつ病妻の円満離婚~離婚後の恋愛☆ -3ページ目

モラハラ夫うつ病妻の円満離婚~離婚後の恋愛☆

離婚を決意し、精神疾患になり、ヒーリングDVDにたより
離婚できました★
離婚後3年8か月で恋人を探そう!まで元気になりました。
すぐ彼ができましたが、すぐ別れざるえなくなってしまいました。
でもモテ期なので、楽しく心穏やかに過ごせるパートナー探してます。

最近、平行世界に移動している感覚がわかるようになってきました。


これまではパラレルワールドの存在はおとぎ話のような、夢物語のような、まるでドラえもんの4次元ポケットのようなこの世に存在しないものだと思っていました。


トランサーフィンを読んで、(トランサーフィンによるとバリアントと表記されてますが)たとえば、何かの問題にぶつかっている自分がいるとして、その問題をクリアしつつある自分もいて、それは同時に存在していて、クリアしつつある自分のところへ移動すれば、問題が解決するという感じです。


問題を重要視して、力技で解決しよう。とか、どうにかやっつける。とかそういう解決策とは真逆のやり方で、周りから解決してくれているという解決方法になります。


トランサーフィンによると、顔つきがかわるなどのことが起こるらしいですが、私の場合、まったく同じ景色をみているはずなのに、色が変わりました。


鮮やか、というよりは世界の色が濃くなりました。


最近では、ガクンッという軽い衝撃を感じました。


きっとこれまでも何回も経験していると思われますが、最近不思議だったのが、


私の母親は毒親でした。


私が幼いころ自営業だった両親は母親も遅くまで仕事をしており、

母親は小学生だった私に近所の喫茶店までわたしを呼び出し、仕事帰りに高級パフェをごちそうしてくれました。


子供心に、毎回そのパフェが食べたいのではなく、迎えに行ってあげると母が喜ぶから。

美味しいと喜んで食べると母が笑ってくれるから。という思いも強く、喫茶店まで迎えにいっていました。


ずいぶん前だと思うのですが、毒親の母は、「私は仕事で疲れているのに、子供にさみしい思いをさせたくないと努力して、高いパフェを食べさせてあげていた。(私はエライ)」と私に過去の思い出として話しました。


私は「そういうお母さんの気持ちもわかるけど、私だってめんどくさくていきたくない時だってあった。(その喫茶店は歩いて15分ほどかかる場所にありました)でも、お母さんが迎えにきてほしいという気持ちをくみとって行ったことだってある。娘にも優しい気持ちがあったことに感謝してほしい。」と伝えました。


もちろん、当時の母親は激高。なんて親不孝な娘なんだ。いまさら行きたくなかったなんていわれる母親の気持ちを考えないのか。私の思い出まで踏みにじるのか。と。


おいおい。お互いつらくてさみしかったけど、支えあったね。お互いありがとう。でいいじゃないか。

どうして自分だけ頑張って娘の頑張りを受け入れてくれないのか。この人は。まぁ、いつものことだけど。

やだやだ。

と、思ったことを覚えています。


何かにつけ、そんな感じの母親が、こないだいきなり


「そういえばbirdは私が仕事帰りにパフェを食べよう。と電話すると、いつも来てくれたわね。

やさしい女の子だった。迎えに来てくれるような娘で私が幸せだった」


と、話してくれました。


私が以前に自分の気持ちをはなしたことが伝わったのではないんです。

そんなことはこれまで一度もなかったんです。

何度同じ話をされ、そのたびに自分の気持ちを伝えてもなにも変わらずまたその話?ということが

続くだけでした。


驚きました。


このブログを読み返したら、私が母親のことを毒親と書いていて、あぁ、そんなこともあったなぁ。と思い出すのですが、私の感覚も、私の母親は毒親ではなくなっているのです。

まるで昔からケンカをしたことがないような親子関係だったような感じなのです。


平行世界に移動すると、きっと許すとか受け入れるとか感情をコントロールするような話ではなく、

もともと憎むべき争う感情はなかったかのような状況になるみたいです、


最初はとまどいました。なんか狐につままれたようなだまされているような煙にまかれているような。


でも、日に日におだやかでやさしい気持ちになっていくことを感じます。


私のカルマはとても重く、深く、私の人生は悲しみが多くとても生きづらいものです。


子供のころにとても仲良く、私を守ってくれていた姉と5年以上絶縁状態です。

きっとお互い様である話なのだろうけど、姉からうけた傷はとても深いです。


姉を受け入れよう。否定せずに、姉をそのまま受け入れようとすると離れることしかないのかな。と

ずっとあきらめてきました。


でも平行世界を移動した私は、姉が修学旅行やどこかででかけたときに親よりも誰よりも一番に私のお土産を買ってくれた妹思いのの姉の姿を思い出すのです。

記憶の彼方に埋もれていた、私を大切に思ってくれていた姉が大きく存在しているのです。


いつからか、姉は私に嫉妬するようになり、おかしな発言を繰り返すようになりました。


原因は何かあるのかもしれないけど、原因なんてどうでもいいような気がします。


また、子供のころのように、仲良い姉妹に戻って、自立した大人同士困った時には支えあえる関係になれている平行世界へ移動したいと思う今日この頃です。

離婚届を提出できた前職を退職しました。


7か月勤めました。


ほんとにひどい会社で、いわゆるブラック。。。どころか超スーパーウルトラザブラッケスト。


離職率もはんぱなく、最近の若い人は辞める時も正社員で雇用されているのに当日何の連絡もなくいきなりこなくなるんですねー。いやいや。。。。驚きました。


私はまぁ、ブログだから本音かけますけど、仕事ができると評価をいただけるタイプの人間です。

なんでもそつなくこなせるし、そこまでではないけど、そこそこ頭の回転がはやく、人当たりがいい。

なので、そんなbirdさんだから、いやな仕事を続けなくていいんだ。


とか


そんなbirdさんだから、仕事が見つかるんだ。


とか、なんかbirdさんは特別だからできるんだ。みたいな感じに言われて話が終わってしまうことが多いです。


そういわれることに慣れているので、私も反論せずそこで話をやめます。


そもそも自分で無理って思っている人は絶対無理だし。


そんな私も22歳で新卒で入社した会社の激務に体がついていかず体調不良で会社を辞めた時、

22歳という若さなのに、もう人生が終わったと思い込んでいました。


新卒の会社で最低3年以上は働かないともう職なんてみつからないと心底思いこんでいました。


22歳で仕事がみつかるわけない。という思い込み。

社会人になってからの年齢で英語を学んでもバイリンガルにはかなうわけないからやる意味がないという思い込み。


人との出会いによっていかに自分の思い込みがばかげているかに気づけた私はラッキーだったと思います。


思い込みがすべてのスタートの邪魔をします。

思い込みが恐怖になります。


私はいま39歳で、転職回数も多く、経理とか一般的につぶしのききそうな職務は経験ないです。

一方で、勤務先の企業での業績が評価されて日本経済新聞に取り上げられたこともあるし、

販売や営業の経験もあり、数字の実績もある程度残してきています。


長年専業主婦をしてきたあとの離婚。

長年のブランクのあとの一人暮らし。


恐怖だらけです。(笑)


だから、私は自分の力だけでは不安を払拭できない。

私は私の脳の思い込みに心が囚われないように、「声」に耳をかたむけます。


不安や恐怖で頭がおかしくなりそうなときもあります。

でも、やまない雨はないということを本当に苦しかった離婚を通じて「知って」います。


そしていま、「大丈夫」という声が届くようになりました。


仕事も、金銭的な問題も、きっと、「大丈夫」

就職が決まり、内定をもらった翌日、一人で離婚届を提出しました。


内定をいただけた会社の面接終了後、「おそらく、明日中にご連絡することになると思います。」と、

いっていただいたので、あ、この会社がいいな。と、思い、やっと就職活動が終わった。と思った。


そして、離婚届を出す実感がわいた。


実際出すことを考えると、お盆に彼が東京にくるのだから、その時に一緒に出したほうが彼も区切りがつくのかもしれない。と、思った。


翌日、内定のお電話をいただいたので、彼に電話をする。


内定をいただけたから、離婚届を出そうと思うのだけれど、お盆でこっちにくるから、一緒に出してけじめをつけたい気持ちがあるかどうか確認しようかと思って。


彼の返事は、急でわからない。少し考えさせて。と。


私も急に思い立ったアイディアだったので、契約日の前々日までに決めてくれればいいよ。と。


彼からその期限日の22時過ぎに「どうしていいかわからない。」とメールがきたので、

最後だし、ちゃんと話をしようと電話をした。


その時、奇跡が起きていた。


彼が、結婚前、というか、松江に行く前のやさしい彼に戻っていた。

(モラハラなので、私が自分の手元から離れて、奴隷でなくなったことを実感したのだと思われる。)


私も、一切ぶれることなく、自分が話しているとは思えないほど、冷静で、動揺をしなかった。


彼は、自分の非を認め、どうしてかはわからないけど、birdをバカにするようになっていたと思う。

一人暮しの家を自力で見つけて、自活できるほどの収入を得る仕事に就くなんて無理だろうとタカをくくっていた。

でも、birdはこの短期間でやってのけた。

自分が選んだ女性はこんなにも自立していて素晴らしい女性であったことを忘れていた。と。


彼はやっぱり、もうダメなのかな。。。と。


私は冷静に、絶対離婚届を出してもらいたくないのであれば、少し気が済むまで待ってもいいけど、

離婚の話がでてから1年以上時間をかけてるし、いずれにせよ、絶対私の気持ちはかわらない。

あなたが受け止めれるかどうかだけ。

いま出してしまったほうが、傷がいえるのが早いのではないかと思う。


私とあなたは相性が悪い。

一緒にいてもお互い傷つけあってまた悲劇をうむだけになる。

もしかしたら、ものすごく苦労した上に、幸せな結末を迎えることもあるかもしれないけど、

そんな苦労をしなくても幸せになる人生はあると思う。(だから、あえて苦労したいとは思わない)

それに、いま、離れているから、忘れていたと思っているけど、人はいつも元気なわけではない。

また、私が病気になったり、弱っているときに、きっとあなたは私のことをダメなやつ扱いをすると思う。


あなたにもう一度チャンスを与えるつもりはない。

わたしとあなたはどちらかがいいなりにならないとうまくいかない関係だと思う。

私はあなたを幸せにするために生まれてきたわけではないし、私はあなたの犠牲を希望しない。

(俺が犠牲になるのはダメ?と聞いてきたので)


結局、夫は自分を犠牲になんてできないし、やり方を知らない。

犠牲なんて望んでいないけど、時には本当に愛する人のために自己犠牲もいとわない気持ちは大切だと思う。

でも、彼は絶対それができない。できると勘違いしているだけ。


3時間ほど話し、電話をきり、翌日離婚届を出した。


帰宅後、大声をあげて、泣いた。


結婚するとき、彼が私を幸せにしたいと願って、私が望むウエディングドレスを値段関係なく選ばせてくれたやさしい気持ち。

新婚旅行で、穏やかでやさしい時間に彼がおもわず泣いてしまったこと。

転勤前、私が高熱をだして寝込んだとき会社を休んで看病してくれたこと。

はじめて大ゲンカしたとき、彼がbirdを幸せにできないなら生きていた意味がない。と深く落ち込んだこと。

片道6時間運転して、秘境のお寺に連れて行ってくれたこと。

私が運転しやすい車を選んでくれたこと。

彼のできる範囲でおもてなしをしてくれた数々のこと。

松江でふぐが食べたいと山口まで連れて行ってくれたこと。


birdのためにと、手放してくれたこと。


彼は、彼なりに、幸せになりたくて、とてもとても頑張っていた。

モラハラとか本当にひどいし、いま、精神的に回復してきて、朝から晩まで泣いている私が

真横にいて「あまえてんじゃねぇ!」と怒鳴る彼はやはり、異常だと思う。


でも、私と一緒に幸せになりたかった気持ちがあったことは確かだと思う。


ただ、わからなかっただけ。

できなかっただけ。


もう、2度と会わないようにしようと、告げた。


結婚相手を間違えた。


間違えをただせる現代に生まれたことにとても感謝している。


就職先は、とても自分に合っている感じで、こんなに自分を活かせる環境ってあるんだ。という印象で

とても恵まれていると思う。


自律神経を整えるCDを毎日朝と夜に流し、夜中に苦しくて目が覚めてのたうちまわることもなくなった。

朝まで熟睡ができるようなってきた。


今年の1月から、このブログを通して、激変の連続だったことがわかる。

まさか、いまのような穏やかな気持ちで不安もなく毎日仕事にいける日々がこんなに早くくるなんて

想像もしていなかった。


善意が空回りして、相手の重荷になったり、傷つけたりしてしまうことが悲劇だと思う。

何かが、ずれている。

どこかからボタンの掛け違いがはじまってしまっている。


そう、思った時がスタートのような気がする。


Where there is a will, there is a way.


信じるのは自分で、自分を信じるということを知ってもらいたいと思う。


モラハラに苦しんでいたり、離婚を考えている全女性にエールをここから送りたいと思う。

苦しんで蓋を開けたパンドラの箱には壮絶な現実が待ち受けているけど、

かならず想像もできないような希望が残されている。


がんばれ!!!

(ヒーリングDVDかけるとすこしはラクに乗り越えられるかもですよ)


FIN