4月26日(金)
いつだかのオンライン講座の質問で、
積み木の遊びをしていて、高く積んだ積み木が崩れ落ちてから、
一切積み木を触らないってお子さんのお話がありました。
遊びは自由。子のありのままを受け止めていればいい。
だから、この積み木は磁石でくっつくから大丈夫だよ~とか、
誘導するようなことをする必要はないし、
積み木を触らないなら触らない我が子のありままを受け止めていればいい。
そんな答えだったように思います。
ついつい親のほうは、せっかく揃えた積み木とかおもちゃで
「ちゃんと遊んでほしい」って思ってしまいます、よね。
私もそうでした。たくさん遊んでほしくって、
「ほらほら、こうやって積んでごらん。」
「もっと高く積んでごら~ん。」なんて・・・。
そんな場面を遠藤さんに見られた日にゃ、あーた。(笑)
「だ、か、らーー、遊びは子の自由だって言ってるじゃーーん。」
「どう遊ぼうが子の勝手でしょ?母親は黙って見守ってればいいわけー。」
あぁ、よくそうやって私を含め何人もの受講生が突っ込まれておりました。
でも、あのびりびりびりって感電するような鋭いツッコミは、
我が子にちゃんとした遊びを教えなくちゃ!なんて、大きな勘違いをしてた私には
ショック療法みたく効いたんです。ちょ、ちょっとヘビーでしたけどね。苦笑
遊びは自由。そうか、自由か。
確かに自分も子どもの頃、うるさい親が傍にいない時ほど、遊びは楽しかったなぁ~。
でね、この時よく遠藤さんに言われてたこと。
「なんかわかんないけど、母親ってヘンなんですよね。
遊びにはこうやっていちいち指示出してるのに、生活の場面になると一切出さない。
で、全部自分でやってあーだこーだ愚痴言ってる。私ばっかり大変とかって。
逆なんですよ全部。遊びは見守ってりゃいい。
でも生活の場面こそ指示出さなきゃまずいでしょ?って。
なんでそれがわかんないのかなぁ?おもしろいですよね~母親って。ハハハハハ。」
もうこれを言われると、お母さん達みんなぽか~んと固まってました。
うわっ、そっか・・・って。苦笑
でも、そういうことなんですよね。
必要のないところであーしろこーしろって子に指示を出して、
必要なところでじっとしてなさい、大人しく待ってなさいって
子にまったく指示を出そうとしない。
実は私、ずっとこれがいい母親みたいに勘違いしてて、いっちょけんめ頑張ってたの。(汗)
遊びは自由。そして生活は指示。
今までの思い込みを真逆にひっくり返してやることだから、
なかなか最初はぎこちなくてうまくやれなかったけれど、
日々、日々、繰り返し実践していくうちに、
自由に楽しそうに遊ぶ我が子のありのままを受け止めてる心地よさ、
生活の場面で指示を出しながら、子と家族として暮らしているんだと実感する嬉しさ、
そういうものを感じつつ、わけも分からずいっちょけんめ頑張ろうとしてた私は
次第にふっとゆるんでいきました。あぁ、なんかラクって思ったの。
古株だと、ついつい最初からなんでもわかってたみたいに思われがちだけれど、
いえいえむしろな~んにもわかってない、
いっつも遠藤チェック、遠藤ツッコミにあってた私でした。
こんな話も参考になるかな?苦笑
先走る必要はないし、何かと比較して焦る必要もちっともありません。
今目の前のお子さんのありのままを受け止めながら、
それぞれのご家庭の「日々の暮らし」を淡々と重ねてってくださればそれで花丸です。