昨日ぐらいから「幸せって何だろう」という考えが頭の中をぐるぐる回っています。ブログで他の記事を書こうと思っても、この「幸せって何だろう」というのから、思考回路が離れませんので、双極性障害患者の幸せとは何か考えてみたいと思います。
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけると有難いです。
いきなり結論を言っちゃいますけど、 僕は、幸せになることとは、人間関係を良くすることじゃないかなぁ、と思うんです。
例えね、すごい大金持ちになっても、自分の周りの人たちを信じられず、又、自分も周りの人から信頼されない、というのは孤独ですよね。さみしいですよね。「さみしい」はうつの初期症状でもあるのではないかとも僕は思うのです。
僕のメンタル不調の初期の症状は「さみしさ」からでした。
メンタル不調を感じ、仕事を効率よくできなくなってきたとき、上司に相談しました。
上司は「僕も課長になって間もなく、メンタル不調になってね。カウンセリングセンターへ行ったら、慣れ親しんだ場所へ行くことを勧められ、大学卒業以来はじめて大学のキャンパスへ行ったりして、気分を落ち着けたよ。」
と言われたりしました。しかし、僕にとって東京の大学は遠く…。
この記事によるとさみしさへの対処が書いてある。
やはり、「通い慣れた場所、慣れ親しんだ人、なじみのある何かの元に戻ってみることをオススメする。」と書いてある。
心落ち着く「通い慣れた場所」が近くにない人はどうすればいいか。やはり慣れ親しんだ人ではないだろうか。
かつて、鬼嫁は躁状態にある僕から、ケチョンケチョンに暴言を言われ、心はズタズタで自分の存在意義を見失っていた時に、パート先のお客さんから次のように言われたんだそうです。「あなたに会えるのをいつも楽しみに待っているのよ。」と。
傷ついていた鬼嫁の心をこのたった一言が救ってくれたと言います。
自分を求めてくれる人がいるのだと。
この一言が無ければ、鬼嫁もうつ状態になっていたかもしれません。
良い人間関係が築けていれば、たとえこちらが悪いことをしても助けてくれます。僕なんか軽躁状態の時に何回悪態をついたかしれません。けれど、そんなことをしても、あれは「病気(躁)がさせたこと。」と許してもらえます。勿論、とんでもないことをしでかしたと、気付いた時点ですぐに謝るのですが。
良い人間関係を築くにのに必要なものは誠実さではないでしょうか。
ネルソン・マンデラは次のように言っています。
「まず何よりも、自分に正直でありなさい。自分自身を変えなければ、社会に影響を与えることなど決してできません。偉大なピースメーカーはいずれも、誠実さと正直さ、そして謙遜さを兼ねた人たちです。」
又二宮尊徳は次のように言っています。この言葉の中の「禍(わざわい)」を「双極性障害」に置き換えて読んでみたらどうでしょう。
「誠実にして、はじめて禍(わざわい)を福に変えることができる。術策は役に立たない。」
上から目線なブログになってしまって大変失礼いたしました。

