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中国の古典から双極性患者の為の言葉ではないかと感じたのがありましたので、紹介します。
「孟子」の中に告子章というのがあります。これ、弟から昔聞いて知ってはいたんだけれど、改めて読むと、双極性障害患者の為の言葉だと感じました。
孟子が言われた。「舜は農夫から身を立てついに天子となり、傳説(ふえつ)は、城壁作りの土方から抜擢された。(中略)
このように、天が地上の人に大任を下そうとするときには、必ずまずはその人の心を苦しめ、肉体を疲弊させ、餓えに苦しませ、その行動を失敗させる。これは天がその人の心を発奮させて忍耐強くさせ、それまで出来なかったことまでも、出来るようにする為の尊い経験である。人というものは大抵過ちを犯すものだが、多くの場合、そうした後はじめて自分を悔い改めることができるのだ。心苦しみ、いろいろ思案をめぐらせて、そうした後はじめて発奮することができるのだ。苦悩が顔に表れ、うめき声を出すようになって、はじめて悟ることができるのだ。国もまた同様で、国の中に法律に厳しい家臣も君主を諌める側近もなく、又、外国からの脅威もないようであれば、その国はやがて必ず滅ぶであろう。こうして、憂患(しんぱい)の中にあってこそ生き抜くことが出来るのであって、安楽は死につながるものであることを知るのである。」
双極症患者の為に、書かれていると感じませんか。「天が地上の人に大任を下そうとするときには、必ずまずはその人のこころを苦しめ…」という下りは特にです。
これを読んだら自分の行動が変りませんか。躁でとんでもない行動をし、うつで心を苦しませても「今、強烈な試練、苦しみの中にいることは天が与えてくれている試練なのだ」と悟ることは出来ませんか。この試練を「試練があってよかった」と感じ、「憂患(しんぱい)の中にあってこそ生き抜くことが出来るのであって、安楽は死につながる」という思いを持ち続けている限り、未来は明るくなる、と思いませんか。
双極性障害という病気を患って、それを憎み、抗って病気が良くなるならば、そうすればいいと思うのですが、僕は、病気を憎み、抗っても逆に病気は悪くなる一方ではないかと思うのです。
病気を素直に受け容れれば、病気から学べることは沢山あります。
認知行動療法を含めた西洋の考え方はどこか合理的で、例えるならば「あそび」のないハンドルのようで、窮屈な感じを僕は受けるのですが、中国の古典は、そういった僕でも大きく包んで受け容れてくれます。
たまには中国の古典を読んでみるのもお薦めですよ。
