以前のブログにも書いたが、僕のかかりつけ医でもある主治医が(なぜ、今までかかりつけ医という単語を使ってこなかったのにいきなり使うかというとアメブロでは「かかりつけ医」が公式ハッシュタグに選ばれているからである)僕になぜ「働きなさい」と言ったか尋ねたことがある。かかりつけ医はしばし考えて「それは君は自分をある程度コントロール出来ていたからだよ」と答えた。だが、躁うつの波に翻弄されていた自分が、とても自分をコントロール出来ていたとは正直思えない。
働くか、働かないか。休職するか、休職しないかの見極めは、かなりの名医でも難しいのではないかと思う。
僕の二人の精神科医の下した判断は全く異なっているからだ。
ぼくのかかりつけ医は「休職するな!」であったけれども、同じく僕を診察した親戚の精神科医(僕のことを僕が物心つくまえからよく知っている)は母に「休職期間満了後は障害年金で暮らすようになるが、障害年金ではとても家族を養えない。今から覚悟しておいた方がいい。」と告げ、母は目の前が真っ暗になったという。(その時も僕は休職していなかったのだけれども)
それだけ、精神科医によって判断に差があると言えるのではないだろうか。
もし、僕が休職していたら、今の普通に働いている僕は無いと思う。それは断言できる。
本当にかかりつけ医と家族には感謝しているのだ。
僕が会社へ毎日行けたのは、かかりつけ医の「休職はするな!」という叱咤激励と鬼嫁と息子の何が何でも僕を会社へ行かせる、という気迫である。
僕が激うつで起きれない時は、息子が僕をベッドから引きずり降ろし、1階のリビングまで連れていき、そこで大の字で横になっている僕を鬼嫁と息子でパジャマから、ワイシャツ、ズボンへと着替えさせ、その僕を息子は背負って、玄関まで連れて行って、靴を僕にはかせ、車まで連れていき、鬼嫁が車を運転して会社へ向かう。
この話をすると殆どの人は驚いてしまう。でも、休職期間も切れて、収入が途切れ、障害年金だけになったら、家族を養って生活していけますか?ということだ。だから鬼嫁も息子も僕を会社へ行かせようと必死だった。
うつ状態の人に「頑張れ」と言ってはいけない、とはよく言われる言葉だ。だけど家族一丸となって必死に生きるのはいいはずだ。必死に生きましょう。
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