昨晩「ETV特集 選「親のとなりが自分の居場所~小堀先生と親子の日々~」の放送があった。小堀先生というのは森鴎外の孫で、元来は食道がんを専門とする医師であったが、定年後は訪問看護医として働いている。この番組では3組の親子を追っているが、子供は引きこもりがちで、親の年金と親の残した貯金が頼りという生活だ。1組目は息子が母親の介護に耐え切れず、自殺という悲しい最後となるものだった。
2組目は子供はどこかちょっといい加減。であるが故に介護ノイローゼにもならず、母親の最後を無事看取ることが出来る。
3組目は、母親は5年前に事故で急死。父親は肺炎になり入院。父親が自分で食事も出来なくなる状況に息子はショックを受け、息子も精神科の病院へ入院。父親は自分が死ぬときには、息子に手を握ってもらいながら死にたい、との希望があるが、精神科医は息子の希死念慮が強いことから、すぐの退院は無理と言っていたが、やがて息子が退院し、訪問看護師などの助けも得ながら、父と一緒に生活することとなる。コロナ禍となり、訪問看護師の訪問回数も減る。当初は父の病状にショックを受けていた息子だが、胃ろうも息子が行うようになる。息子は無理をすることなく、彼のできる範囲で寝たきりの父親を介護するようになっていく。
この3組目の親子の関係を見て小堀先生は「理想的な展開だね」という。この息子は親の年金が無ければ暮らしていけない、駄目息子と言われるかもしれない。でもね、僕はこの親子が幸福そうで羨ましいなぁ、と思ったんだ。親の介護が出来るところがね。僕が親の介護をしたことが無いから言えることかもしれないとは思うけど。
約25年前のことだ。僕が父と最後に話をしたのは電話であった。たまたまその日は帰りが早くて、自宅に着くと鬼嫁が「お父さんから電話よ」とちょうど父から電話があったところだった。父は「インターネットを始めようと思う。プロバイダーはどこがいいかね。」もし、この日僕の帰りが遅かったら、父とのこんな会話もなく、最後の父との会話は何だったか思い出せずに終わっていたかもしんれない。
それから約12時間後、父は突然狭心症で倒れ、救急搬送される。
急いで飛行機に乗り、空港からはタクシーで救急搬送された病院へ向かう。
父は集中治療室にいた。意識不明であった。看護婦さんたちの対応はどこかぶっきらぼうであった。
父が搬送された病院は偶然にも親戚の精神科医が心療内科部長をしている病院だった。そのお陰もあって、翌日外科部長から父の病状と治療方針の説明を親戚一同、会議室で受けた。
その後、親戚一同で父を見舞った。看護婦らスタッフの態度は昨日と一変していた。心療内科部長の親戚と知ったからだろう。白衣の天使といってもしょせんその程度のものなのかな、と感じた。だが、いくらスタッフの態度が良くなっても、面会時間のルールまでは変えられない。集中治療室では、面会時間もごく限られたものであった。生前の父に会うのはこれが最後になる。父はそれから約1週間後に他界した。
死ぬならピンピンコロリがいいと言う。確かにそうだとは思うけど、僕はこのテレビでの3組目の親子関係が羨ましく思えた。
息子が彼の無理のない範囲で父親を介護することで、親子の絆はより一層深くなっているんじゃないかと感じたからだ。
幸福というものは、もちろん物質的なものではなく、同じ現象、同じ行動でも、心の持ち方一つによって、幸福と感じられる場合もあるし、不幸と感じられる場合もあるんだなと。
ならば、物事を悪い方に捉えずに、幸せなほうに捉えるようにしないとね、と。
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